今回は谷尻誠氏のインタビューをお送りします。
インタビューの概要につきましては イノベーションを生み出すには?PART1– フェラン=アドリア氏&谷尻誠氏 独占インタビュー! をご覧ください。
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宮林さん(以下敬称略):フェラン=アドリアとの対談はいかがでしたか?
谷尻氏(以下敬称略):ああいう自由さが欲しいですね(笑)
宮林:谷尻さんにとってイノベーションとはどういうものですか?
谷尻:イノベーションを特別なものだとは思っていません。日常的に皆が起こしているけれど、それがすごく個人的な目的で使われているときは、それがイノベーションと言われないだけで、社会的な意味をもちはじめたときにイノベーションと呼ばれるものなのだと思います。
「自分のために使うか」「他人のために使うか」という違いでしかないんじゃないでしょうか。僕自身も最初は他人のことなんか考えられませんでした。自分のことで一杯一杯で余裕がなかったし、作ることに一生懸命でした。しかし、たくさんの建築物を作っていく中で、社会に対して意味をもつように徐々に意識が変わっていったのだと思います。つまり、自分が喜ぶことで、社会全体にも喜んでもらえるものを作りたいと意識が変わっていったのです。
宮林:最近身の回りでイノベーティブだと感じたものはありますか?
谷尻:ある書道家の方と対談した時に、「これはイノベーティブだ」と気付いたことがあります。その書道家の方はなんでも面白い言い回しでモノゴトを面白くしようとする人だったんですね。そこから全ての行為を「プロジェクト」と考えると面白いことに気がつきました。たとえば「水を飲む」というよくある行為を、「水を飲むプロジェクト」と考えてみる。そうすると、プロジェクトとした瞬間にどうやってそれを面白いものにしようか、クリエーティブなものにしようかと思考が動き始めるのです。
例えば「マクドナルドをゆっくり食べるプロジェクト」とかって面白そうじゃないですか?
宮林:ファストフードなのに(笑)
谷尻:はい。モノゴトは関係性で決まると思います。お笑いでもそうですけど、葬式で屁をこくとか、よくありますよね。場違いなことをすることで生み出される違和感。これが大事なのだと思います。これは自分の事務所でもよく話すのですが、新しいものを定義するためには、元の部分との「振り幅」を見せてあげないと、何が新しいかがわからない。モノゴトの関係性を全部考えることが大事なのだと思います。子供の頃はその前提がわかりません。でも大人になると、世の中前提だらけだということに気づく。だからこそ、ものごとの関係性を理解するという考え方が、イノベーションを起こすために必要なのだと思います。
宮林:大学に行かず/建築の師匠もいないとおっしゃられていますが、何かご自分の作風に影響を与えたものはありますか?
谷尻:あらゆるものから影響を受けています。昔は穴があくくらい雑誌を読んでいました。普通はどういう風に建物を作っているのだろうかとか、雑誌ではどんな建物がよいとされているのかとか、その基準を知りたかったんです。また、建築に限らずあらゆる分野のものから学ぶというスタンスでいます。僕は自分のことを「翻訳家」と考えています。
僕にとって関係ない料理のことでも、お皿が敷地で野菜が建物と考えると、どういう美しさがそこにあるのかという感じで考えることができます。関係のないものを自分と関係づけていく。こういう作業を続けていくと、だんだん翻訳能力が高くなっていきます。最初は意識してやっていますが、徐々に無意識に行われていくようになる。例えば速く走るという行為も、手をはやく振りなさいといわれてやりますが、そのうち腕の振りなんて意識しなくても速く走れるようになる。意識の継続がそういう状況を導いてくれるのです。そうすると、考え方の切れ味も増してくる。それが今まで見えなかったものを見えるようにしてくれるのだと思います。
宮林:あるインタビューの中で「いまの社会は、昔良かったものを残すことが目的になっていて、イノベーションがない」とおっしゃられていますが、谷尻さんにとって、伝統的なものと革新的なものはどういうバランスで存在すべきだと思われますか?
谷尻:古きものは全て良いものだと無意識に判断している人が多いと思いますね。意識してそれを残すのと、無意識で昔のやり方を踏襲するのとでは大きな差が生まれます。そもそも昔あった良いものというのは、それを求める周辺環境があったから良かったわけで、環境そのものが大きく変わった今、同じ関係性が残されているかというのは別問題なはずです。周辺環境が変わってきている今、昔からあるものがそのままでよいのかは冷静に判断する必要があります。判断した上で、このままでよいのか、変わるべきかを決めるべきと。日本人はその点、過去を無意識にあがめる傾向が強い気がします。それはとても危険なことだと思います。
宮林:どうやって残すものと残さないものを判断しているのでしょうか?
谷尻:過去に戻ることで未来への矢印をみつけることができると考えています。古いモノの中で何が一番大事なのか、それを必死に見極めようとします。そして残すものと、新しいものを組み合わせながら、「破れたジーンズと綺麗なシャツ」のようなお互いを補完しあう関係性を作ろうと意識しています。
宮林:フェラン=アドリア氏も特定の師匠はいないそうです。谷尻さんご自身も同じ環境で今の地位を築かれた。これは、特定の師匠についてきっちりと型を学ぶということをしなかったことが逆によい作用を生んで、今の自分を作っているのだと思われますか?
谷尻:正直な話、特定の師匠がいなかったり、有名な大学を出ていないことは、僕の中のコンプレックスでした。でもそういう存在でいるのはすごい武器なのだと、ある時気づいたのです。
例えばバスケットボールの話で例えると、自分はすごく背の小さなプレーヤーで、いつも離れたところから3ポイントを狙っていました。でも3ポイントのラインを見た瞬間、これは「僕が3ポイントを打ちます」と言っている線に見えたので、1メートルそこから離れてシュートの練習をするようになりました。皆が前提としているものから、一度離れてみたわけです。すると、そこは「僕だけが」知っている「僕だけの」ラインになった。そのことでゴール下にいる仲間のプレイヤーが動きやすくなったり、敵チームの動きがよく見えるようになりました。つまり、1メートルゴールから離れて不利になることが、圧倒的優位性を生んだのです。
これを建築におきかえても、僕がもっている不利は優位性にもなりうるし、実際に今ある建築物を見ていて、まだまだ自分にできることはあるなと考えることができました。もちろん型がないのに型破りになることはできないと思います。型を意識しつつ、そこから離れる作業が重要だと考えています。
宮林:イノベーティブなアイデアが枯渇したと感じる時はありますか?継続的にイノベーションを生み出すために何が必要だと思いますか?
谷尻:いつも「出にくいな」とは感じています。やはり一人でいると枯渇するものだと。だから色んな人と話をしながら、わざと自分の中にノイズを入れて、化学反応を起こすように意識しています。色んな人との関係性があれば、それがイノベーティブなアイデアにつながっていくと思っています。
宮林:一人で考えたいタイプのクリエーターもいると思いますが、谷尻さんの周りのクリエーターの方も谷尻さんと同じような考え方だと思われますか?
谷尻:はい、基本そうだと思います。みなコミュニケーション能力が高く、そういうタイプの人はアイデアがどんどん出せます。僕は一人でじゃんじゃんアイデアを出せるタイプじゃない。バスケットボールといっしょです。監督に良く言われたのが、「一人でボールをもつな。前に早く進みたければ味方にボールを投げて、自分に返してもらえ」と。僕はスポーツでやっていることを仕事でやっているだけです。人にパスを出すときも、人がいるところにパスを出すんじゃなくて、「ほんの少し未来」に出す。そして人を走らせる。少しとりにくいくらいのパスを出すのがいい。普段からそれをやっていれば、周りもそれに合わせて動き始めるのです。
宮林:自分のチームをつくるときにどういう基準で人を選びますか?
谷尻:能力より人柄ですね。面白そうとか。変な子ばっかりだよね?(隣にいる奥さん見ながら)うちだと広島でしか採用しない。そうすると自ずとふるいにかけられます。「えー広島」っていう人と、場所はどこでもいいから面白いことがしたいと考える人とに。僕としては、どういう向き合い方で入りたいかが知りたいんですね。結果、前のめりな感じの子が多く入社してくれます。全員フォワードみたいな(笑)
宮林:経験値が挑戦することを妨げると著書の中でおっしゃっています。そのためには「思い込み」や「勘違い」が必要だと。これについて詳しくお話をいただけますか?
谷尻:人は経験値が多くなればなるほど、やる前に失敗と成功の判断がつきやすくなります。それが新しい挑戦を妨げると思うんです。だからこそ、人が行かなそうなところに自分が立ちたいと思う「思い込み」やちょっとした「勘違い」が必要だと思っています。
宮林:なるほど。でも「思い込み」や「勘違い」を最初からするのは難しいですよね?
谷尻:そういう時は「違和感」を大事にするといいと思います。よい違和感をつくること。
つまり、違和感こそが人の記憶に残るのだと考えています。軽そうなコップを持ってみたらものすごく重かった、みたいな。良い違和感を設計する。逆説的にものを考えて、逆を選ぶ。経験値や知識があると、やれることがイニシアチブをとりはじめます。このときはこのカードをきる、あのときはあのカードをきる、とやっていると二度と自分の手持ちのカードが増えなくなってくる。カードを毎回捨てて、新しいカードを作ろうとすることが大事だと考えています。
宮林:自分が作る建築物の中で「こんな建築だけは作ってはいけない」というルールみたいなものはありますか?
谷尻:ひとりよがりなものですかね。建築の場合は自分でお金を出すわけでもないし、自分で釘を打ったり壁を塗るわけでもなく、建物を建てるわけでもない。それなのに偉ぶっている人が多いですからね、建築家には。
宮林:それはチームでも共有されていますか?
谷尻:以前はマラドーナ的な動き方をして、いちいち何でも口を出していました。でもそれではいけないと思い、「薄情」になりました(笑)追い込むことで、それを糧にして人は動き始めます。最終的にはその失敗を受け入れてあげればいいと考えています。
また最近では「THINK」というイベントを定期的に催して、一流の仕事人が何を考えているのかを共有できる場をつくっています。
宮林:作るものにかけた時間とクオリティは比例すると思いますか?
谷尻:現実的には考える時間があったほうがいいと思います。ただ、時間の考え方は人によって差があるものです。足りないと思う時にそれを埋めるために何を行うかを考えることも、クリエーションの一部であると考えています。
宮林:建築は図面があって制作にとりかかると思いますが、谷尻さんご自身は計画をきちんと立ててモノゴトをすすめるタイプでしょうか?
谷尻:ぜんぜん駄目ですね(笑)無計画という計画性があるくらい(笑)
宮林:でも「1000%の建築」を読んだら2020年くらいまでの年表がありましたが?
谷尻:あれは勘違いですね(笑)未来においても勘違いをしたいというか、書くと言霊が生まれるので書きました。やりたいことはたくさんあります。
宮林:計画性については色んなことを言う人がいますよね。すべてを計画的に、いつからいつまでに何をやるって風に人生年表を作ってその通りに行動をしていく人。一方で、計画をたてるから成功と失敗がうまれる。計画をたてるからその枠の中でしか動けない。だから感じるままに前に進め、なんてことを言う人もいます。私の近くに(笑)
谷尻:計画を立てるのは左脳寄り。感覚で進むのは右脳寄りと言います。最初はみな誰もが右脳寄りにモノゴトを考えていたと思うんですよね、経験もないわけですから。でも、だんだん考えるようになるにつれて、「これはこういう理由だからこうする」っていう風に左脳寄りのロジカルな考え方をするようになり、だんだん右脳が働かなくなっていくんですね。これは結構まずいと思います。やはり「やっぱこれがいいよね」と感覚的に思って、その後に論理的になぜそれがいいのかという風に分けて考えていく必要があると思います。もちろん人それぞれ適正というものはあるとは思うけど、そういうバランスを重視したアプローチをとることで、感性っていうのは磨かれていくと思うし、計画以上のイノベーティブなモノゴトを達成するのにもつながると思います。
宮林:フェランって右脳/左脳どっち型だと思いましたか?
谷尻:ある意味、左脳型だと思いました(笑)半分確信犯的に、すごい客観的な視点でモノゴトを分析している人だなあと、話していて感じました。ここは自分にも通じる所なんですが。単なる右脳型の天才だったら、あそこまでの存在にはなれないと思います。
宮林:私もインタビューで同じ印象を受けました。分かった上であえて壊す、みたいな(笑)仮に谷尻さんが日本という国を再設計するとしたら、どういう国にしたいと思いますか?
谷尻:難しいですね。壮大すぎて考えたこともないですね(笑)
宮林:でも日本について考えることって、谷尻さんがお話しされていた伝統とイノベーションとの関係をどう捉えるかって問題とつながってくる気がします。
谷尻:そうですね、あえて国の中に「不便さ」をデザインするのがいいかもしれません。今の日本は便利すぎて全てのものに説明書がついているから、人が考えることをやめちゃっているのだと思います。ある種、ゼロにするわけではないですが、「何があれば人が考えるか」ということに思いを巡らして設計することが必要だと思います。
人間ってわがままな生き物だから、便利なものを手にしても、すぐに不便なところを見つけ出して文句を言い始める。iPhoneだって最初は喜んでいたのに、新しい機種が出たらやれ遅いとか言っちゃう。そういう生き物です。だから逆に「不便さ」を与えることで、どういうものが便利なのか、有り難いものなのか、ということをゼロベースで考え始めるはず。そういう状況をつくるってことが大事なんじゃないかと思います。そうすればイノベーションが起きていくのではないでしょうか。
宮林:不便と言えば、日本人はそれを2年前の震災時に経験しているはずなのに、ふと今何かが忘れられているのではと感じる時があります。光が消えることで美しい街ができるということも多くの人が知った。日本人にとってある意味変化するチャンスだったはずなのに、全てがもとに戻ろうとしているような、そんな感覚が。
谷尻:電気が使えない時間をつくってもいいと思うんです。家の電気が消えた時、ろうそくの火で照らした部屋はすごい綺麗でしたから。
宮林:いまの世の中では、経済が成長し続けることが大前提にあると思います。その価値観から考え直していかないと変わらないということでしょうか?
谷尻:そういう意味では、「モノを人間のためにつくる」っていう前提を変えることを考えた方が良いと思います。例えば、美術館を建てるのにも、人が見るために大きな空間を使ってエネルギーを消費している。そんなときはクライアント像を変えればいい。単純にクライアントは、美術品そのものと考えればそんな空間は必要なくなりますよね。モノの作られる前提条件を変えてあげることでモノゴトは変わるのです。不便になることで機能しはじめることがある。ヒトが全ての軸になっていることが問題だと思うのです。
環境を良くしようというと、ヒトは何かそのための新しい技術やモノを生み出すけど、究極な話、ヒトがいなくなることが環境にとって一番良いことなわけですから、とても雑な言い方になりますけど、太陽がクライアントだったり、風がクライアントだったりしてもよいと思います。ヒト以外のものをクライアントだと思いながら、ヒトとの共存という視点でモノづくりを考えていくことが、これからはとても重要になってくると思う。建築は自然を分断する作業と思われがちで、住宅なんかは家の中を設計することだけで語られていますが、外で食べるご飯はおいしいし、ビールもうまいですよね?生活の中に「外」がないというのもおかしな話なわけです。そういうごくあたりまえなことから、設計していくことはこれから面白いと思う。
宮林:MBAでは絶対に学べない視点ですね(笑)時間がなくなってきたので最後に。
谷尻さんのように、既存の価値観を変えていこうとする方は、外部から批判を受けるときもあるかと思います。そんな中で、今後どういう形で活動を進めていきたいとお考えでしょうか?
谷尻:日本って皆が良いと言っているものを良いと言っているヒトが非常に多い。でもソーシャルネットワークの力で一人称が社会性を持ち始め、一人一人の個性が認められる時代が来ている。だから、批判できないような状況をつくったら、その人達はどうするんだろうかとか考えながらクリエーション作業を続けていきたいと考えています。
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谷尻誠 プロフィール
建築家
Suppose design office 代表
1974年広島生まれ
2000年建築設計事務所Suppose design office 設立
住宅、商業空間、会場構成、ランドスケープ、プロダクト、アートのインスタレーションなど、仕事の範囲は多岐にわたる。
広島・東京の2ヵ所を拠点とし、インテリアから住宅、複合施設など国内外合わせ現在多数のプロジェクトが進行中。
現在、穴吹デザイン専門学校特任講師、広島女学院大学客員教授