今回はフェラン=アドリア氏のインタビューをお送りします。
インタビューの概要につきましては イノベーションを生み出すには?PART1 – フェラン=アドリア氏&谷尻誠氏 独占インタビューをご覧ください。
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宮林さん(以下敬称略):El Bulliを閉めてから2年の時が経ちました。何か新しく見えてきたものはありますか?
フェラン=アドリア氏(以下:フェラン):El Bulli Foundationという新しいプロジェクトに90%の時間を割いています。とても忙しいです。今年の11月にその内容を発表する予定です。
宮林:あなたは世界一イノベーティブな料理人と言われています。あなたにとって、そもそも「イノベーション」とはどういうものですか?それはどこから生まれるのでしょうか?
フェラン:特別なものではなく、毎日あるもの。自分の一部でもあります。自分の場合はそれを料理でやっているだけ。El Bulli FoundationはFeeding Creativityをコンセプトに作ったイノベーティブなプロジェクトです。現在「El Bulli DNA」「El Bulli 1846」「Bullipedia」と大きく3つのコンテンツを考えており、いまこのウェブサイト (El Bulli.org)の準備で忙しいのですが、こういう活動を通してイノベーションを起こしてきたいと考えています。
宮林:最近身の回りでこれはイノベーティブだと感じたものはありますか?
フェラン:朝読んだ新聞で見つけたのですが、フィルムスクリーン(紙のようなスクリーンで)っていう素材など、すごいイノベーションだと思いました。いまそれをベースにコンセプトワークをやっているところです。そういう新しいニュース・アイデアを使って「何をするのか」ということに頭を使うのが一番大事。今我々は様々な分野の人間がイノベーションを起こそうと日々競争するすごい時代に生きています。
その他にも毎日イノベーティブなものを見つけられますよ。例えば今日IESEに来た時に建物で見つけた、外からは鏡のように見え中からは透明に見える硝子素材(IESEのNorth Campusの建物の表面を覆っている素材のこと)。これはEl Bulliの建物でも使えるのではないかと思いました。このように、自分の身の回りの全てのものにインスピレーションをうけます。だからといって、特定の師匠がいるわけではない。イノベーションを起こす人のほとんどは、師匠といわれる人間はいないと考えています。そういう存在がいるとイノベーティブなものはできないものです。
宮林:身の回りでこの人はイノベーティブだと感じた人間はいますか?
フェラン:難しい質問です。例えば優秀な建築かデザイナーは五万といます。でも建築を革新的に変えた人間がどれだけいるでしょうか?マーク=ミューソン、フィリップ=スターク、ロン=アラド、彼らはデザインを革新的に変えたか?そうじゃないでしょう。
この前、スペインの映画監督ギエルモ=トロと、今までの歴史の中で映画を革新的に変えた人は誰かという話をしていました。彼曰く、最後はタランティーノ。それからは誰もそういうことはできていない。その前は、ピータージャクソン、スティーブン・スピルバーグ、ヒッチコックは映画を変えた。でも数えるほどしかいないでしょう。つまり、優秀的なクリエーターは多いが、革新的に何かをできる人は圧倒的に少ないものなのです。
宮林:日本には基本の型を学んではじめて新しいものが生み出せるという意味で「型破り」というコトバが使われます。しかし基本型を過剰に重視する伝統的な徒弟制度のような仕組みが、イノベーションを阻害していると言う人もいます。どう思われますか?
フェラン:それはあるかもしれないですね。でも私にも伝統的なものに対する尊敬の念はあります。日本の料理界もそこに内在する矛盾に気づき、いま変わろうとしていると考えています。
宮林:スペインにはピカソ/ダリ/ミロといった天才たちが生まれ、絵画の世界でイノベーションを起こしました。あなたを含め、どうしてこの街にはこのような天才が生まれてくるのだと思いますか?
フェラン:天才的な人はいつの時代にも偶然生まれるものです。ガウディはたしかにバルセロナが生んだ素晴らしい建築家ですが、悲しいことに彼以降誰も人物は排出されていない。スペインが特別だとは思わない方がいいです。ピカソはピカソ、ただ一人、この時代に生まれました。イノベーティブな人物は、ある時代に突然産み落とされるものなのです。
宮林:あなたがエルブリファンデーションでやろうとしていることは、クリエーティブな人材をある意味人工的に生み出そうということなのでしょうか?
フェラン:クリエーティブな人達に考える場所を提供しようと思っています。師匠のもとで修行をするということではありません。8ヶ月間、一緒に考えつづける。そして、それをどう料理に応用していくかに挑戦しつづける場所とするつもりです。
宮林:来る人はどうセレクションをするのでしょうか?
フェラン:El Bulli DNAにおいてセレクションをやる予定です。
宮林:あなたのもとで修行したいというシェフはたくさんいると思います。あなたは自分のチームを作るときにどういう基準で人を採用していますか?
フェラン:まず、私のチームではありません。私はあくまでチームの一員です。「私のチーム」という形をとった瞬間に、上下関係ができ、イノベーションを起こすプロセスを阻害することになります。チームの誰もが「このチームが自分にとって必要だ」と感じることが重要だと考えています。そしてそういうモチベーションを持った主体的な人間をチームの一員として迎え入れたいと考えています。
宮林:エルブリは年に6ヶ月間営業し残りの6ヶ月間を新しいメニュー開発にあてていると聞きます。ご自身、意識的にインプットとアウトプットのバランスをとろうとしているのでしょうか?
フェラン:はい。1~6月は開発をしているが、実際にレストランを運営しているときもメニュー開発は同時並行で進めているので、10ヶ月間はこのクリエーティブなインプット作業に時間を費やしています。そして開発のための6ヶ月間は、今までの環境から完全に断絶すること(disconnect)が大事だと考えています。これは、同じことを繰り返さないようにするためです。同じことを繰り返すクリエーターは駄目になります。だから、El Bulliでは同じ料理は二度と食べられないのです。
宮林:今回のテーマにされている「イノベーションを起こすために効率的になる」というのは具体的にどういう意味なのでしょうか?同じことを繰り返さないという意味でしょうか?
フェラン:そのとおり。そしてさらに言えば、周りの環境から断絶(Disconnect)することが、イノベーションにとって重要なことだと考えています。自分がどういう存在になりたいか、どういうことがしたいのか、ということを常に問い続けることが重要。こういうことをストイックに追求できるクリエーティブな人間は少ししかいないものです。
宮林:新しいものに挑戦する上で、あなたにとって「変わらないもの」は何かありますか?
フェラン:情熱。情熱があるから一日15時間以上働き続けられます。一方、料理においては、常に変化し続ける。進化をくりかえす。何一つ変わらないものはないのです。自分にとって人生を変えた経験は、2002年に日本に初めて行ったときのことです。その時に見た料理、カルチャー、人との出会いによって自分の全てが変わってしまった。料理の仕方だけではなく、考え方、性格も含め、全てが変わったと言えます。それだけ衝撃的な経験だった。
宮林:日本の食べもので特に好きなものはありますか?
フェラン氏:(大きく笑いながら)すべて。特にその繊細さが素晴らしい。また食べもの以外の習慣として、日本では包丁をキッチンでしか使わない。食べる時には使わない。これはユニーク。全てが準備された状態で出てくる。
宮林:イノベーティブなアイデアが枯渇したと感じる時はありますか?
フェラン:いつも感じています。ただそれはネガティブなことではなく、そういうプレッシャーを感じる環境があることがクリエーティブ作業に必要だと考えています。人生の中で、イノベーティブでいられる時間というのは限られているものです。
そう、1度か2度。あのピカソですら、ずっとイノベーティブだったわけではありません。彼の代名詞であるキュービズムはキャリア後期になって現れたのです。自分が何を作りだそうとしているのか、ということを深く問わずに、同じようなことを繰り返しているクリエーターは多いのは残念です。
宮林:継続的にイノベーションを生み出すにはどうすればいいでしょうか?
フェラン:その答えはミリオンダラーですね。プレゼンでお答えできるようにします。
宮林:作るものにかけた時間とクオリティは比例すると思いますか?
フェラン:能力によります。私が1日15時間サッカーの練習をしたところでメッシにはなれませんから。(フェラン氏は熱狂的なバルサファンで、試合観戦のためにあやうくイベントがキャンセルされかけた)
宮林:歴史の長い成熟社会では伝統的な文化と新しい文化の衝突がどうしても生まれます。あなたもフランスのジョエル=ロブションが高い評価をするまでに、その革新的な料理手法に対して批判の声がありましたよね?
フェラン:今でも批判は受け続けていますよ。それを受け入れられるメンタルの強さが必要だし、それもクリエーティブな仕事をして行く上で必要なプレッシャーだと考えています。クリエーティブな仕事はとても特別なのです。他の仕事にはないプレッシャーがある。たとえ家族の問題が発生しても続けられる強さがあるかが、重要だと思っています。
宮林:そんな中であなたは伝統と革新のバランスをどのように考えて料理を作られていますか?
フェラン:基本的には古いモノ、伝統的なもの全てを尊敬しています。我々がいまこういう新しい活動ができているのも、過去の先人達が築き上げてきたものがあるからです。その尊敬の思いの上に、新しい料理を築いていこうと考えています。
宮林:自分が作る料理の中で「こんな料理だけは作ってはいけない」というルールみたいなものはありますか?
フェラン:そういうルール自体つくりません。自分は料理しているのではなく、実験していると考えています。すべてのパターンを実験してみたいし、そこにタブーはありえないなのです。
宮林:家では奥さんとフェランさん、どちらが料理を作られるんですか?
フェラン:自分が料理しますね。でもほとんど旅をしているから、作る機会は少ないですが。
宮林:欧州や日本のような歴史のある国がイノベーションを起こしつづけるために何が必要だと思いますか?
フェラン:イノベーションを特別なものだと考えないこと。どうして自分がこれをやっているのか、ということを自問自答し続けることが大事だと考えています。
日本の料理界でもそれは起こっていると思います。どうして寿司は米じゃなければいけないのか、麦ではだめなのか、というような、当たり前なことに対して疑問を持つことが大切なのです。
宮林:谷尻さんとの対談はどのような気持ちでしたか?
フェラン:自分はこういう場に招かれるときは、いつも学びにきていると思っています。彼の考え方や経験をシェアすることができて感謝しています。ありがとう。
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フェラン=アドリア プロフィール
ルスピタレート・ダ・リュブラガート出身のスペインの料理人。世界で最も予約のとれないレストランと称されたエルブリのシェフ。“人の五感すべてに働きかけ、驚きを与える料理”を志し、新しい素材の組み合わせ調理法を生み出し続けたことから、料理と科学を融合させた”分子ガストロノミー”という概念を世界的に普及させた。現在、エルブリは閉店する代わりにエルブリ財団を立ち上げ、新たな調理法・メニューの開発/サポートなどを続けている。