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コミュニケーションコースは、IESE MBAの1年目の重要な柱です。MBA Class of 2027の吉野遼司さん(Best Ethos Speaker受賞者)が、その経験を語ります。
私がIESEのAula Magnaで450人の前に立ち、「共感の力(The Power of Empathy)」というタイトルのエトススピーチを行ったとき、私は単なる物語ではなく、自分の人生の一部を共有していました。
そのスピーチは、ADHDを持つ息子と、私が共感・忍耐・理解について学んだことをテーマにしたもので、とても個人的な話でありながら、「リーダーシップは思いやりから始まる」という普遍的なメッセージでもありました。
1週間の集中型コミュニケーションコースでは、日々異なる種類のスピーチ(ロゴス、問題解決、ストーリーテリング、エトス、パトス)を練習し、発表しました。このコースは、私たちを徹底的にコンフォートゾーンの外へ押し出し、「上手に話す」ことではなく、「つながる」こと、つまり論理だけでなく、真実性と感情を通じて聴衆を動かすとはどういうことかを学ばせました。最終的に教授と外部コーチが、学生421人の中から10人を選抜し、Aula Magnaのステージで発表する機会を与えました。その10人のひとりとして登壇し、「Best Ethos Speaker」に選ばれたことは、何よりも光栄な経験でした。
スピーチのテーマを決める段階で最初に浮かんだのは、「本物のこと――自分にとって本当に意味のあること」を話そうという思いでした。息子の学習障害のことは、これまで家族以外には話したことがありませんでした。正直迷いもありました。これほど個人的な出来事を打ち明けるには、勇気と弱さをさらけ出す覚悟が必要であり、そして、当時の私はその準備ができているのか分かりませんでした。
それでもこのテーマを選んだのは、この経験こそが「Ethos」そのものだと確信していたからです。肩書きや実績ではなく、弱さを見せる勇気と誠実さによってこそ、人は信頼を得ることができます。息子との経験から学んだことを語ることで、誰かが共感を抱き、誰かを支える行動につながる――そう信じていたのです。
人前で話すことは得意ではありませんでした。ましてや450人の前で話すなど、想像の範囲を超えていました。だからこそ、数えきれない程練習を重ねました。練習の途中で当時の感情がよみがえり、涙で声が詰まることが何度もあった。「本番で涙をこらえられるだろうか」と不安になるほどでした。
他のスピーカーのようにステージ上を歩き回ることもできましたが、私の物語は静けさの中にある力を信じていました。だから一歩も動かず、声と表情だけで伝えることを選びました。動きではなく、想いで伝えるために。
ADHDは自分にとって抽象的な医学用語ではなく、自分の子の現実です。日本の学校現場では学習障害のある子が十分な支援を得られず、「扱いにくい」と誤解されることがあります。診断後、ただ無力感に沈むのではなく、息子を毎日支えると決めました。家庭では薬の服用、タスクの細分化、強みの想起という日々のサポートを継続した結果、息子は自信を取り戻し、学業成績は大きく向上し、上位学年が目標とする英語の試験にも合格しました。それは私の人生で最も誇らしい瞬間のひとつでした。
ここから得た結論は明確でした。共感は受動ではなく能動です。聴く・適応する・誤解に抗うことが伴って初めて力になります。そしてこれは育児に限りません。多様な価値観、文化、異なる思考様式をもつ人材を率いるリーダーを将来担う私たちにとって、共感力は成果を引き出す経営技術でもあります。リーダーシップとは論理的な意思決定だけではなく、傾聴し、共感を示し、人と深くつながることでもあると改めて認識しました。
私のメッセージは、「誰かが苦しんでいるのを見たとき、ラベルを貼らないでほしい。支えてほしい。なぜなら共感と忍耐があれば、私たちはその人が本来の力を解き放つ助けになるからだ」というものでした。
スピーチの後、面識のない多くの学生も含めて列をつくって声をかけに来てくれ、素晴らしかった、胸に響いた、心が動いた、そして話してくれてありがとうと伝えてくれました。中には涙を流しながら感謝を述べる学生も多くいて、非常に印象的でした。このことは、感情が人を動かすこと、そして脆さ(vulnerability)は、他者への奉仕に捧げられるとき、強さと重み(gravitas)へと変わることを会場の反応が証明しました。
この経験は、MBA生活の中でひとつの転機になりました。リーダーシップとは、合理的な判断を下すことだけでなく、人を理解すること、つまり人の苦しみ、可能性、そして人間性を理解することでもあると気づかせてくれました。IESEでの学びを通して、ストーリーテリングと共感の力を磨き、決断するリーダーだけでなく、人を心から動かし、励ますリーダーになりたいと強く感じました。
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