IESEの学長、フランツ・ホイカンプがPoets & Quantsに寄稿しました。原文(英語)は、こちらをご覧ください。
ケンブリッジ大学のクリストファー・マーキス氏の批判に対し、フランツ・ホイカンプ学長は、ビジネススクールが適切な教育に投資すれば、ケースメソッドは経営判断力を鍛える有効な手段になると主張しています。
企業のリーダーは、人々の生活、地域社会、そして環境に大きな影響力を持っています。ビジネススクールが、そうした影響力を責任ある形で行使できるリーダーをどのように育成するかは、継続的な検証が求められる重要な課題です。
クリストファー・マーキス氏による最近のビジネススクール批判は、企業経営におけるリーダーシップの意義と、経営教育が社会に果たし得る貢献について、私たちがもっと自信を持って主張すべきであることを改めて認識させてくれます。
例えば、IESEは1958年、「人々と社会に深く、持続的かつ前向きな影響をもたらすリーダーを育成する」という明確な使命のもとに設立されました。
これは野心的な使命でしょうか。もちろんです。しかし、その使命をどのように実現し、進捗をどう評価するかは、私が日々向き合っている問いでもあります。
マーキス氏は論考の中で、特にケースメソッドをこの取り組みの弱点として批判しています。ケースメソッドを、企業の成功を売り込むためのマーケティング上の仕掛けにすぎず、ビジネス界の「勝者」の戦略を学生に模倣させる教育手法であるかのように描いています。
私はすでにニューヨーク・タイムズ紙への投書で彼の論考に反論しましたが、ここではさらに詳しく私の考えを述べたいと思います。
ケースメソッドとは何か
ケーススタディは教育手法であって、特定の世界観を押し付けるものではありません。
優れたケース教材と適切なケース授業の目的は、主人公や企業を英雄として扱うことではありません。むしろ、不完全な情報、相反する優先事項、そして明確な正解が存在しない状況の中で、複雑な意思決定を迫られる人物の立場に学生を置くことにあります。
言い換えれば、ケースメソッドは学生の判断力を鍛えるためのものです。
また、リーダーシップに不可欠なコミュニケーション能力や説得力、対話に対する柔軟な姿勢も磨かれます。
学生は授業中に単に「自分ならどうするか」を決めるだけではありません。なぜそう判断するのかを説明し、異なる意見に耳を傾け、自らの前提を再検討し、ときには考えを変えることも求められます。
さらに、この教育手法によって、学生は実際の職場に戻る前に、国、業界、組織構造、役職の異なるさまざまな状況における何百もの意思決定を検討する機会を得られます。
例えば、IESEのMBA学生はプログラム期間中に400以上のケースに取り組み、未知の状況を分析する能力を高めます。
ケースは「物事を単純化しすぎ、一般化しすぎている」という批判も、この教育手法の本質を見落としています。
ケース教材は意図的に不完全なものとして設計されています。 なぜなら、現実のビジネスにおいて、経営者が必要な情報をすべて手に入れてから行動できることは、ほとんどないからです。
高度な教授スキルが求められます
もちろん、ケースメソッドを採用するだけで、責任感のあるリーダーが自動的に育つわけではありません。
その価値は、どのように教えるか、どのケースを選ぶか、そして教授と学生がそこで提起される問いにどれだけ真剣に向き合うかによって決まります。
そのためには、高度な教授スキルが必要です。
教授には、議論を表面的な問題にとどめず、対立するさまざまな視点を引き出し、学生が自らの判断の根底にある前提を検証できるよう導く能力が求められます。
IESEが教授陣の能力開発やメンタリングに多大な投資を行っているのは、効果的なケース授業には実践、振り返り、そしてフィードバックが不可欠だと理解しているからです。
これは、ビジネススクール業界全体が負うべき責任でもあります。
研究は、ビジネススクールが学術的に貢献するうえで不可欠です。しかし、研究と教育は互いを補強し合うべきものであり、一方を重視するあまり、もう一方をおろそかにしてはなりません。
そのためには、教育を担う教授陣に対して、どのような評価・インセンティブ制度、支援、研修を提供するかを見直す必要があります。
私たちは誰の物語を取り上げるべきでしょうか
授業でどのようなケースを扱うかは、それをどのように教えるかと同じくらい重要です。
ビジネスの世界と、そこでリーダーシップを発揮する人々の多様性を反映したケースが必要です。
つまり、大企業や著名な経営者だけでなく、ファミリービジネス、中小企業、起業家、非営利組織にも目を向ける必要があります。
また、経営課題は世界のどこでも同じだと決めつけるのではなく、さまざまな地域や経済状況を取り上げることも重要です。
こうしたケースを授業で扱うと、その教育的価値が明確になります。それがIESE自身によって開発されたケースであっても、他校や他地域の教授陣によるものであっても同様です。
IESEの学生は60以上の国籍にわたり、職業的なバックグラウンドも多様です。そのため、組織内の上下関係、信頼、責任について、異なる前提や価値観を議論に持ち込むことがよくあります。
こうした違いは、教授を含む全員の当初の解釈に疑問を投げかけることがあります。
学生はケースそのものから学ぶだけでなく、互いの経験や視点からも学ぶのです。
また、ケースで取り上げるジレンマの性質も重要です。
極端な危機的状況や劇的な倫理的不祥事ばかりに注目するのは間違いです。
リーダーが直面する最も重大な意思決定の多くは、見過ごされやすいものです。例えば、組織が掲げる価値観と矛盾するものの、利益を生み出す事業機会を追求すべきかどうかという判断が挙げられます。
だからこそ、IESEでは、あらゆる科目においてリーダーの意思決定が持つ人間的側面を重視しています。
ある行動が従業員、地域社会、その他の重要なステークホルダーにどのような影響を与えるかという問いは、選択科目だけで扱ったり、後付けで考えたりするものではありません。
こうした問いは、必修科目全体を通じて、経営上の意思決定を理解するための不可欠な要素として組み込まれるべきです。
万能ではありませんが、代えがたい価値があります
もちろん、こうした能力を育成する方法はケースメソッドだけではありません。
IESEでも、ケースメソッドをほかの教育手法と組み合わせています。
例えば、企業内プロジェクトや経営シミュレーションなどです。
経営シミュレーションでは、学生が経営委員会のメンバーとして行動し、実際の企業の取締役会に報告を行うほか、銀行関係者、労働組合の代表者、その他の重要なステークホルダーとの交渉にも取り組みます。
それでも、ケースディスカッションは、学生が経営判断力を実践的に鍛え、自らの思い込みや前提を見直すための非常に有効な場であり続けています。
そして、学生が世界にどのような前向きな影響をもたらしたいのか、その実現に向けて一つひとつの意思決定を通じて何ができるのかを、具体的に考える機会にもなります。
どのビジネススクールも、すべての卒業生が模範的なリーダーになることを保証することはできません。
教育以外にも人々に影響を与える要因は数多く存在し、最終的にどのような選択をするかは本人次第だからです。
また、ビジネススクールは、善意や崇高な理念を掲げていることだけで、社会に良い影響を与えている証拠になると考えてはなりません。
私たちは、何を教え、どのように教え、そして社会が必要とするリーダーの育成に本当に貢献できているのかを、絶えず検証しなければなりません。
しかし、ビジネススクールを廃止したり、ケースメソッドをなくしたりしても、経営教育が必要とされる根本的な課題が解決するわけではありません。
組織には常に、難しい意思決定を下すことのできる人材が必要です。そして、そのような人々がリーダーとしてどのような教育を受けるかは、社会全体にとっても重要な関心事です。
私たちの使命は、単に組織を運営する能力だけでなく、責任ある形で組織を率いるための判断力を人々が身につけられるよう支援することです。
ケースメソッドは、その使命を実現するための重要な手段となり得るのです。

