詳細レポート「サステナビリティとウェルビーイング時代の企業価値を再考する ~経営者やリーダーの役割を再定義するビジネススクール像~」中編

本レポートはシリーズ全3回。前編では、フランツ・ホイカンプ学長とファブリツィオ・フェラーロ教授の発言から、「経営者やリーダーの役割を再定義するビジネススクール像」についてまとめた。中編では、日本を代表するグローバル企業の取り組みを中心に、基調講演やパネルディスカッションの模様をお送りする。

ゲストスピーカーとして登壇したのは、まず富士ゼロックス株式会社元社長でグローバル・コンパクト・ネットワーク・ジャパン(GCNJ)代表理事の有馬利男氏。次いで、トヨタ自動車株式会社のチーフ・サステナビリティ・オフィサー 兼 特定非営利活動法人ISL理事の大塚友美氏が続いた。

両氏は、各企業で実際に取り組まれた事例を紹介。ビジネスに関わるステークホルダー、株主、従業員、顧客、ひいては国と地域、地球環境へと視点を広げる必要性を強調した。

 


社会や地球環境に対する強いリーダーシップが、イノベーションへの鍵:富士ゼロックスの事例

 

2002年から5年間、富士ゼロックスの社長を務めた有馬利男氏は、その後、日本を代表するビジネスリーダーとして、国連のビジネスと人権にまつわるさまざまなイニシアチブのリーダーに抜擢された。

1992年開催の「国連環境開発会議(地球サミット/リオ+20)」以来、世界的な地球環境保全の意識が高まる中で、有馬氏は1995年、費用対効果が悪いと言われていた複写機リサイクルプロジェクト事業の自立化に成功。当時、社内でもトップレベルの人材を投入し、できるだけ多額の資金を引き出すことで、事業達成に対する担当プロジェクトメンバーの士気も高まったという。

一方、ステークホルダーが増えるとともに、お互いに矛盾する要求や問題が発生した。通常、こうした問題には「トレードオフ」の概念で少しずつ妥協案を示し、合意した折衷案で前に進めていく。しかし有馬氏は、「社会性や人間性に関しては妥協できない、という考えの上で、知恵を絞って乗り越えた」と話す。黒字化するまでに8年かかったが、その間にも約200本の特許申請が出るほどで、当時の関係者がいかに膨大な知恵と技術を投入したかがうかがえる。

 

 

「リーダーが社会や地球環境に対する価値と責任をきちんと認識し、しっかりとチームを引っ張ったからこそ、メンバーの意識も変わってイノベーションが起こった」と有馬氏は振り返る。さらに自身の経験から「社会性・人間性・経済性の3つの軸について、統合的に矛盾を乗り越えるための知恵を生み出すことが、サステナビリティ経営に求められるのではないか」と述べた。

最後に有馬氏は「従業員のモチベーションを保ち、イノベーションの意義を感じられる仕掛けができれば、社会から求められるサステナビリティや、ステークホルダーからのさまざまな要請、また相互に生じる矛盾なども乗り越えられるだろう」とまとめた。

 


全社的なコミュニケーション強化で目標共有し、“カイゼン”できる組織へ:トヨタ自動車の事例

 

自動車メーカーから“モビリティカンパニー”へと変貌を遂げるトヨタ自動車で、2021年からチーフ・サステナビリティ・オフィサーを務める大塚友美氏は、「現在、サステナビリティ変革の真っ最中であり、価値創造を再定義している」と話す。この過程で重視するのが“目標共有できる組織づくり”だ。そのためにオウンドメディア“トヨタイムズ”をはじめ、Slackやタウンホールミーティングを活用中だという。

また同社では ビジョン実現のためにも クルマを造る生産方式である“トヨタ生産方式(Toyota Production System=以下、TPS)”がキーだと言う。約15年前の赤字とリコールから再起を図る過程でも 改めて TPSの重要性を再認識し、競争力の源泉と位置付けてきた。

生産現場に限らず、オフィスでも“カイゼン(改善)”プロジェクトとして、従業員にTPSの再認識を促した。TPSという“共通言語”を通じ、全社的なコミュニケーションが可能になったことで、各自がカイゼンマインドを持ち、学習する組織づくりに成功したわけだ。

なお、新しい社会に適応し、経営方針を革新させているトヨタだが、「現在3つの課題に直面している」と大塚氏は指摘する。

  • さまざまなステークホルダーとのコミュニケーション
  • 意欲的な目標に向けて 着実に進み続けること
  • システミック・チェンジ(構造的な変化)の必要性

挑戦的な目標を設定し、着実に進み続けることは容易ではない。そこで「バックキャスティング」と「帰納的推論」という2つのアプローチを用いつつ、経営を進める必要がある。なぜなら急速に変化する不確実な世界では、計画経済と結び付いた理想主義は通用しない。

その上で、大塚氏は「システミックな変化をどのように起こすかが問題だ」と指摘する。「多くの社会問題は、もはや一企業や数社の企業連合では解決できない。そのため、一企業の利害関係を超えて、さまざまなセクターやステークホルダーと協働し、新しいシステムを構築していく必要がある」と締めくくった。

 


多様化する企業とステークホルダーの関わり

 

企業や経営者が、いかに主体的かつ能動的に多様なステークホルダーと関わっていくかについては、世界的にもほとんど議論がされていないのが現状だ。その点について、本フォーラムのパネルディスカッションから、大塚氏の見解を紹介しよう。

より持続可能な社会や経済を実現するには、システムを変える必要がある。日本有数の大企業であり、30万人以上もの従業員を抱えるトヨタ自動車にとって、それが最も難しい課題といえるだろう。そのためにもグローバルなルール作りに関わり、さまざまな地域で、多様な立場のステークホルダーと協力する必要がある。

実際にトヨタ自動車は、各国のグローバルリーダーが集う「持続可能な開発のための世界経済人会議(World Business Council for Sustainable Development=以下、WBCSD)」に参加している。WBCSDは国連や多くの企業と活動し、CO2削減などの企業コンセプトで非常に良い動きをしていると、大塚氏は評価する。

昨今、トヨタ自動車の取締役会で最も重要なテーマの1つは、カーボンニュートラルのコミュニケーションだ。多様な状況にある世界各地を考慮し、包摂的にカーボンニュートラルを達成し、誰一人取り残さないためにも、さまざまなパワートレーンやエネルギーが必要となる。トヨタ自動車は、マルチパスウェイという自社の戦略が正当だと考えているが、コミュニケーションの方法や内容については多くの議論を重ねてきた。

それでも、立場が違えばステークホルダーが異なり、それぞれの思惑もさまざま。「実際にはこれがベストだという結論が出なかった」と大塚氏は振り返りつつ、「さらにプロジェクトを進め、各ステークホルダーに合わせたコミュニケーションが必要かもしれない」と示唆した。

 


結び

人類共通の課題に対して、企業に求められる役割と責任は、時代とともに大きく変わっている。その中でも、地球環境に配慮したリサイクル事業や、多様化するステークホルダーとのコミュニケーションという、2つの先進的な企業事例をご紹介した。

続く後編では、野田智義至善館学長の講演から、複雑性の時代に突入した現在のグローバルリーダーが考えるべき、経営指標や事業目的の再定義について焦点を当てる。

 

取材・文責:H&K グローバル・コネクションズ