詳細レポート「より持続可能な社会を築くためにビジネスリーダー教育が果たすべき役割」後編

 

ビジネスの現場では、いまだ株主至上主義の考え方や、短期的な数字の実績のみを求められる傾向が強い。その一方で、サステナビリティを重視することは、今やビジネスパーソンにとって常識といっても過言ではない。今後のグローバル企業には、世界的な視野でサステナビリティを実現し、企業価値を高めていくリーダーの育成が早急に求められており、そこでビジネススクールでのリーダー教育に期待が寄せられている。

全3回シリーズの前編では、フランツ・ホイカンプと野田智義両学長による基調講演、中編では、サントリーホールディングスの新浪剛史氏および国際航業の呉文繍氏ら2名のCEOが加わって行われた、パネルディスカッションの模様をお伝えした。

最後となる後編では、来場した聴講者が4名のパネリストと交わした質疑応答のダイジェストをお送りしよう。

 


Q1. ステークホルダーとの効果的なコミュニケーションの取り方、そして社会を包摂する方法とは?

 

A氏(IESE卒業生/キャピタルマーケット業界):

社会がさまざまな人たちのアグリゲーション(集合体)である以上、企業は各ステークホルダーに対して、説明の仕方に一貫性が必要だと思う。そこで、ステークホルダーとうまくコミュニケーションを取りつつ、社会の包摂性を保つための良い方法があれば教えてほしい。

新浪氏:

私自身はCEOとして、まず自社の社員に対してビジョンや目標を語る。具体的には、2050年までにバリューチェーン全体でのネットゼロ(温室効果ガス排出量を実質ゼロにすること)を達成する、あるいは2030年までに、グローバルで使用する全てのペットボトルにおいて、化石由来原料の新規使用ゼロの実現を目指すなど。社員が納得し、賛同してくれるまで、何度も粘り強く繰り返し説く必要がある。

次は、株主や金融機関を含むステークホルダーである。彼らは、短期的な目標を重視する傾向があるが、それでも企業のリーダーは、財務的な業績と共に長期的な展望についても語る必要があるだろう。

他方、企業は社会に対して「何をやってきたのか、何をやれなかったのか、これから何をやるのか」を、メディアやSNS(ソーシャル・ネットワーク・サービス)などを介して語っていかなければならない。そして、常に消費者からフィードバックを得ることが大切だ。企業は、本当は環境に配慮していない商品やサービスを、あたかも配慮しているように見せかける“グリーンウォッシュ”を疑われてはならない。

サントリーは世間でサステナビリティという言葉が使われるようになるずっと前から、「利益三分主義」の考え方の下、人々の生活や自然環境を大切にしながら経営に取り組んできた。例えば、生物多様性のバロメーターとなる鳥類については、野鳥が住む環境を守る「愛鳥活動」を1973年に開始。サントリーグループのものづくりに欠かせない水を守るため、2003年に開始した水源涵養活動「サントリー 天然水の森」は、全国15都府県22カ所の約12,000haまで拡大。国内工場で汲み上げる地下水量の2倍以上の水を涵養している。

このような取り組みや各方面へのコミュニケーションには、相当の経営資源を投じているのが現状だ。そのため、企業がサステナビリティに取り組み、効果的なコミュニケーションを実現するためには、前述のように収益力を高めていかなければならない。

呉氏:

(同じ質問に対して)新浪氏の意見には全面的に賛成だ。さらにもう一つ、私が付け加えたい重要なポイントは、株主やマルチステークホルダーと相互の信頼関係を構築していくことの重要性である。例えば国際航業は、かれこれ75年間にわたり、透明性を維持しながら中央政府や地方自治体と協力してきた。このように信頼・協力を得ることは、アウトソーシングしているビジネスパートナーも同様で、まず相手から理解を得て、信頼関係を構築することが大切。時には、それが利益よりも重要であったりする。

以上を踏まえた上で、やはり全てのステークホルダーにとって利潤を最大化することが、黄金律だといえるだろう。

 


Q2. 日本企業のサステナビリティに対する取り組みは十分なのか?

 

B氏(至善館卒業生):

1~10でランク付けをするとしたら、日本のサステナビリティの取り組みについて、世界と比べたときの評価を教えてほしい。

新浪氏:

難しい質問だが、日本は真ん中、つまり10段階の5だと考える。多くのリソースはあるけれども、十分に活用できていないのが現状。すでに1970~80年代、通商産業省(当時、現在の経済産業省)は自動車業界に対して排出ガスの規制をかけていた。二度にわたるオイルショック(第1次:1973~74年、第2次:1978~82年)も経験している。それ以来、日本の自動車産業は飛躍的に競争力を高め、グローバルに展開することができた。日本には過去にそういった規制のレガシーがあり、従って省エネはもう実践されてきたということだ。

とはいえ、それだけでは十分ではないことも事実。今後はネットゼロに焦点を合わせて、これまでとは違った取り組みが必要だろう。特に中国やインド、ASEAN加盟諸国との協力が必要であり、さらなる研究開発への投資も急務である。

 


Q3. 発展途上国に対してビジネススクールができることは?

C氏(IESE卒業生):

例えばエチオピアやエジプト、パキスタンといった発展途上国では、そもそも金銭的な制約があるために、トップのビジネススクールに入れる受講生が少ない。もし包摂的で持続可能な世界を実現したいのであれば、このような国々の人たちが、ビジネススクールでの教育機会を継続的に得られるようになることが重要な課題ではないか?

野田学長:

包摂的な世界を実現するためのファクターとなるのは、私たち一人一人の中にある「共感(empathy)」や「思いやり(compassion)」だと思う。もちろん、ビジネススクールは手を差し伸べるべきであり、現に至善館では、すでにエチオピアなどの発展途上国に対して惜しみない教育パッケージを提供している。このような動きは、ハーバードビジネススクールなどでも同様だろう。

それと同時に、他者に助けられた人や、何かを与えられた人は、別の他者へ恩返しをする必要があるのではないだろうか。有利な立場にある人は、それを義務感ではなく、共感や思いやりを育んで行動に移せるか。このことはビジネススクールだけではなく、世界中のいかなる教育の枠組みにおいても、最大の課題だと思われる。

 


Q4. リーダーの目的意識は教えられるものなのか?

 

D氏(IESE卒業生/日系商社勤務):

サステナビリティのために、リーダーが目的意識を持つことの重要性に異論を唱える人はいないと思うが、このような目的意識は教えられるものなのか? あるいは経験に立脚したものなのか? 目的意識を巡る課題や解決方法、アプローチについて教えていただきたい。

呉氏:

私自身の経験をベースに考えると、教育することは可能だと思う。私は中国の古典である「四書五経」(※1)を学び、いろいろな目的や哲学、道理に関して学ぶことができた。それらは私の心に深く刻まれているし、実際に活用することもできる。そして自分と向き合い、反省するために、度々読み返すことも必要である。

※1 儒教の経書の中で特に重要とされる、四書=『論語』『大学』『中庸』『孟子』、および五経=『易経』『詩経』『書経』『礼記』『春秋』の総称

さらに、何かを学ぶことは、別に学校教育に限ったことではなく、家庭や幼稚園、小学校に始まり、生涯にわたる教育のプロセスなのではないか。

ホイカンプ学長:

特に付け加える点はないが、ここで一冊の本をお勧めしたい。米国の実業家・経営学者であるクレイトン・クリステンセン氏が書いた『How Will You Measure Your Life?』は、おそらく誰にとっても重要な問い掛けだと思うし、人生のいかなる段階においても、自己評価を振り返るときのアイディアを示唆してくれるはずだ。

 


サステナビリティの向こうには何があるのか?

 

E氏(香港理工大学卒業生/米系暗号資産投資信託会社勤務):

昔の映画『ウォール街』(1987年)で、主人公のゴードン・ゲッコーは「強欲(greed)は正しく、強欲は善であり、強欲は役立つ」と言い放った。しかし、今では逆に「緑(green)は正しく、緑は善であり、緑は役立つ」と盛んに言われている。

そこで私の質問は、「30年後のより良い世界とは、どのようなものなのか? サステナビリティの向こうには何があるのか」ということだ。

野田学長:

個人的な意見を申し上げれば、サステナビリティは確かに重要だとは思うものの、貧困の方がより大きな問題だと考えている。なぜなら、ある意味でサステナビリティは自己中心的な問題だからだ。

私たちは人道主義をいかに持ち続けられるのか――それが根本的な課題だと思う。人間として、あなたはどのような“形容詞”を持って生きるのか。社会におけるリーダーとは、「強い」だけではなく、より「美しい」人生を生き、尊敬され、模範となる人間のことであると考える。だからこそビジネススクールの卒業生には、後世の人々から見ても、飢餓に苦しむ人々から見ても美しい人生を生きるようなリーダーになってほしい。

呉氏:

私たちには、未来を占う水晶玉はないが、道理(principle)は持っている。道理の基本に立ち戻り、「どうやって従業員の雇用を守り、生活を守るのか」。ひいては「会社にとって、国にとって、世界にとって何がベストなのか」を考えていく。人は成功のみならず、失敗、そして歴史にも学ぶことができるのだから。

数年前、サステナビリティという言葉は目新しかったが、数年後にはまた別の新しい概念が生まれているかもしれない。だから常に目を見開き、心を開いておこう。今日から皆で一歩ずつ前に進めば、集団としてやがて大きな運動が起こり、変革につながる。そうやって皆さんと共に解決方法を探り、前へ進んでいきたいと願っている。

ホイカンプ学長:

長期的に見て、人類の繁栄にとって脅威となるものは、全てサステナビリティに関わる問題として考えられるだろう。確かに、私たちは技術のノウハウを持っているが、同時に他の弱い部分を発展させなければ、バランスは崩れたままだ。一つの要素を強調するあまり、全体像を見失ってしまうことになりかねない。

「人類として、良い生活、良い人生とは何なのか?」サステナビリティを考えるとき、それを念頭に置いておけばよいと、私は楽観視している。

新浪氏:

イノベーションにつながるという意味で、強欲(greed)は大切だと思っている。シリコンバレーにいる人々の、飽くなき追求心を見てほしい。しかしそこには、やはり微妙な線引きが必要で、大事なのは誠実さ(integrity)を高めることではないか。

私は死ぬ前に、自分が誠実な人間であったと思いたい。未来の子どもたちに対して、あるいは社会に対して貢献できたと思えれば、それで満足である。

リーダーとして最終的な決定を下す際に、常に誠実さを目指すべきであろう。

 


結び

第二部の最後には、IESEと提携校による新コース「Future of Capitalism」が紹介された。本コースで招かれる第1回のゲストスピーカーは、元ユニリーバ―CEOでサステナビリティ分野の第一人者でもあるポール・ポールマン氏、そして「プラネタリー・バウンダリー(地球の限界)」という概念を最初に提唱した一人であるヨハン・ロックストリーム博士である。

本フォーラムを通じて、ビジネスの教育や現場の第一線で活躍する、4名のプロフェッショナルならではの事例や考え方を聴くことで、聴講者の中でもいろいろなアイディアやインスピレーションが浮かんだのではないだろうか。

今後もIESEは、至善館や世界各国の提携校と共に、グローバル企業や受講者それぞれが抱える課題解決に有益なビジネス教育プログラムを展開していくことで、持続可能な社会に貢献していきたい。