◆登壇者
パナソニック コネクト株式会社
代表取締役 執行役員 プレジデント・CEO樋口 泰行(Yasuyuki Higuchi)
IESE Business School学長
フランツ・ホイカンプ(Franz Heukamp)
世界各国からの多様な学生と共に、MBAやエグゼクティブ教育を通じて、グローバルなリーダーシップやマネジメントを学べる場所、それがIESE Business Schoolである。IESE MBAに集う学生は、25%がアジア、30%が欧州、40%が南北アメリカ、残りの5%がアフリカや中東からやってくる。全プログラムの卒業生の合計は6万人以上に達する。
そんなIESEが、2025年1月17日、虎ノ門ヒルズで卒業生向けイベントを開催した。ゲストスピーカーとして、パナソニック コネクト株式会社の代表取締役兼CEOの樋口泰行氏が登壇。同社はパナソニックグループにおいて、B2Bソリューション事業の中核を担っている。
フランツ・ホイカンプ学長はイベントの冒頭で、IESEにおける2つの大きなイニシアチブを紹介した。一つは、2019年に開始したAI(人工知能)と経営の未来イニシアチブだ。AIを研究する教員がビジネスリーダーや企業と共に、AIの進化と企業経営における挑戦を議論し、リアルな課題に対するソリューションを模索する場を構築している。もう一つが、IESEサステナビリティ・リーダーシップ研究所だ。この取り組みは、深く長期的でポジティブなインパクトを与えるリーダーを育成することを使命とするIESEにおいて、その経営思想の中心に位置付けられる。
イベントには、IESEの卒業生・MBA受験生、さらにグローバル企業の人事関係者が参加した。ホイカンプ学長はAIをキーワードに、日本企業に求められるリーダーシップについて、樋口氏に質問した。ビジネスの現場でリーダーとして活躍する参加者は、二人の対談に熱心に耳を傾けた。
日本企業の課題は、競争力の回復
樋口氏は大学卒業後、松下電器産業(現・パナソニック ホールディングス)に入社し、ハーバード・ビジネススクールに留学。その後、日本ヒューレット・パッカード(HP)、ダイエー、日本マイクロソフトなど、日本と外資系の企業トップを歴任し、2017年にパナソニックへ復帰した。製造業として100年以上の歴史を持つパナソニックの知見を活かし、パナソニック コネクト社長として、新たな戦略の実践と企業文化の変革に取り組んできた。
ホイカンプ学長がはじめに世界の地政学的リスクについて言及した後、樋口氏は次のように自身の見解を語った。
「世界の安定などを考える前に、私は日本企業、特に伝統的な日本企業の競争力が課題だと思います。競争力を取り戻すことが、日本企業の最優先事項であり、世界を考えるのはその後です。競争力を取り戻さなければ、社会に貢献することも、世界秩序の維持にも貢献できないからです。かつて、日本企業が世界的な競争力を持った時代がありました。製造業を中心に、高品質で低コストの製品を生産してきたのです。しかしその後、アジアの新興国が台頭し、大量生産の工業製品をコモディティ化してしまいました。こうして過去30年間、日本企業は世界での競争力を失い続けています。例えば以前の家電量販店には、多種多様なオーディオ製品が並んでいましたが、今はヘッドセットやスピーカーしか置いていません。ほとんどの人が、音楽をiPhoneやAndroidのスマホで楽しむようになりました。そのためにオーディオやビデオなどの従来製品が淘汰され、パナソニックも大きな打撃を受けたのです」
樋口氏は、あらゆるものがデジタル化された現在、GAFAMをはじめとするグローバルテック企業の規模を考えると、日本企業が追い付くことは不可能に近いという。
「大規模なデジタルプラットフォーマーと競争する考えは、捨てたほうが良いでしょう。一方で、中国はコモディティハードウェアの量産という点で先行し、日本が太刀打ちできないところまで差が付いています。日本企業にできることは、どこでどのように競争すべきか、慎重に戦略を選択することです。これは、ビジネススクールで教えていることですよね。シーメンスやフィリップスなどの欧州のプレーヤーは、かつて日本の製造業者との競争に直面したときに、これを実践しました。彼らはB2CからB2Bへ、ハードウェアの組立からシステム製品、ソリューション製品、ソフトウェアへと、戦略を転換したのです」
AIで競争力を高める:パナソニック コネクトの場合
戦略を構築する上で考えなければならないのが、企業の命運を握るともいえる、AIの活用である。そこでホイカンプ学長は「日本企業にとって、AIはグローバルで競争優位に立てる分野なのか?」と質問した。樋口氏はAIについて自身の見解を述べつつ、パナソニック コネクトの戦略を語った。
「ビジネスでAIを活用するには、二つの方法があります。一つは、社内の生産性を向上させるために、AI技術を活用すること。もう一つは、ビジネスでAIを活用して収益化することです」
樋口氏が中心となって実施した戦略の一つが、米国サプライチェーン・ソフトウエアの世界的大手であるBlue Yonder(ブルーヨンダー)の買収である。同社は、主に製造・物流・流通の各業界向けにAIや機械学習を活用したソリューションを提供している。今後、パナソニックのハードウェア技術とBlue YonderのAI技術を融合し、「オートノマス(自律的な)サプライチェーン」の実現が期待されている。
樋口氏は続ける。
「ソフトウェアの付加価値が占める割合は、ハードウェアの付加価値に比べて増えています。全てがソフトウェアによって制御され、監視されているのです。だからこそ弊社は、ソフトウェア領域へのシフトを推進しています。最終的にAI を活用して、製品の性能を高められると考えます。ただし、差別化し続けられるハードウェア事業は、今後も継続します。なぜなら、1万点を超える部品で組み立てられる製品の分野は複雑すぎるので、真似することが容易ではないからです。さらに言えば、生産機器にもフォーカスしています。生産機器はミッションクリティカルであり、メンテナンスやソフトウェアの監視が非常に重要です。顧客との長期的な信頼関係を構築する必要があり、競合他社の参入障壁を高めることができるのです」
ダイエーで痛感した“戦略”の重要性
企業の競争力を高めるために、リーダーには何が求められるのか? 樋口氏は、日本の伝統企業の課題を指摘しながら、リーダーに必要な資質について語った。
「日本のリーダーが重視すべきなのは、戦略です。高度経済成長時代の成功体験ゆえに、私たちは長い間、レガシー戦略に固執してきました。欧米には多くのMBA卒業生がいますが、彼らは日本のリーダーよりも、はるかに高い戦略リテラシーを持っています。日本企業のCEOの中には、営業や研究開発の経験しか持っていないトップもいて、『ITは分からない』『財務は何も分からない』などと公言する人もいるほどです。米国でそんなことを言ったらアウトですよね? 職種、文化、他企業での経験も限られていて、戦略リテラシーが非常に低いという点が、日本企業におけるリーダーの根本的な課題だと思います」
樋口氏がその考えに至ったのは、総合スーパーのダイエーで体験したことが契機だったという。
「ダイエーでは、従業員の誰もが一生懸命に働いていました。しかし、利益は上がっていなかった。それは戦略に問題があったからです」
当時のダイエーには、ドル箱と呼ばれたコンビニ事業があり、金融サービス事業や高収益体質のリクルートを保有していた。理由は色々あったと思われるが、それらを全て売却したという。
「それは誤った判断であり、リーダーが犯した大きなミスだと考えました。リーダーは正しい戦略を選択するという点で、社員に対して大きな責任を負っています。このダイエーでの経験で『社員を幸せにするためには、戦略が最も重要だ』と思うようになったのです」
AIは、企業文化の変革を後押しする
ホイカンプ学長はAIについての持論を語った上で、AIを活用するための組織変革について質問した。
「A活用が成功する秘訣は、リーダーのマネジメント能力に依存します。つまり、AIの利点を活かせるようにプロセスを設計し、組織全体で効果的なAI活用を進められるようなマネジメント能力があるかどうかが鍵です。樋口さんがパナソニック コネクトの変革に尽力されてきたことを踏まえて、組織の変革には何が必要だと思いますか?」
樋口氏は、ホイカンプ学長の意見に同意しながら次のように回答した。
「かつては、エンジニアだけがテクノロジーを開発していました。しかしAIは、学習するための“データ”がないと価値を出せません。そこで弊社では、社内で『ハッカソン的』な議論を常に試みています。AIと人事、AIと法務、AIと財務など、二つの異なる組織や機能を融合させると、その相乗効果にいつも驚かされます。さまざまなAI機能の導入によって、部門間にあるサイロを壊せば、大きな効果を発揮できると私は考えています。そのためには、皆が新しいアイデアを出したいと思えて力を合わせるような、オープンで協力的な文化が必要なのです」
「ハッカソン」とは、ハック(hack)とマラソン(marathon)を掛け合わせた言葉で、特定のテーマに対してそれぞれが意見やアイデアを出し合い、成果を競い合うイベントである。そこで日本企業のリーダーに必要な資質とは、何だろうか?
「日本企業は、終身雇用制だからというのも一因だと思いますが、社員の力が外資系に比べて強い。正しい戦略を立てても、全員が従うわけではありません。そのため、日本のリーダーに求められるレベルはかなり高く、戦略的IQに加えて、高いEQも必要です」
企業文化の変革:リーダーからの「トーンセッティング」が90%
リーダーとしての挑戦を巡る二人の対談に、大きな刺激を受けた会場の参加者からは、次々と質問の手が挙がった。女性参加者からの質問を受けた樋口氏は、企業文化の変革について次のように語った。
「企業を適切な文化に変えるためには、リーダーのトーンセッティングが最も大切で、それが全ての要因の80~90%を占めます。それに加えて、どれだけリーダーが社員と関わり、ロールモデルになっているかが非常に重要です。彼らはトップの言葉だけではなく、実際の行動から学ぶためであり、これが文化の変革につながります。そして人事制度。日本は基本的に終身雇用制ですが、私は弊社で厳しい評価制度を導入しています。人事、エンゲージメント、文化の変革を組み合わせるのです。私が企業文化の変革を始めてから7年以上になります。時間はかかりますが、続けることが重要です」
パナソニック コネクトでは、社内向けのライブ配信番組「Ch.Yasu」を発信している。他社の経営者をはじめ、社内外のさまざまなゲストを招いて、樋口氏とディスカッションをする番組だ。
「YouTubeチャンネルを開始したのは、パナソニックでの経験しか持っていない社員にも『世の中にはさまざまなタイプのリーダーがいる』ことを知ってもらいたかったからです。企業文化をよりオープンでダイナミック、アジャイルなものにしたかったのです」
新世代のリーダーに必要なのは、「過去のしがらみや古いシステム・マインドを壊す力だ」と樋口氏は強調する。日本人にとってそれが難しいときは、外国人のリーダーを“輸入”する企業もあるという。
「リーダーは変える力を持たなければなりません。世代交代を待つのは時間の無駄であり、自身を変えることを躊躇しているレガシーなリーダーを置き換える必要もあります。若い世代は柔軟であり、変化や学ぶことに対して積極的です。若いリーダーやマネージャーを割り当てることで、組織の雰囲気やダイナミズムを変えられます」
「人は人から学び、人からモチベーションを得る」
最後に、樋口氏からMBA卒業生や受験生に向けてのアドバイスがあった。
「私は米国に2年間しかいませんでした。もっと長く滞在できれば良かったのですが。やはり語学力がまず大事で、文化やビジネスなど、あらゆることを学べます。私は今も、毎朝英語を勉強しています。結局のところ、人は人から学び、人からモチベーションを得ると思います。ずっと家にいては、社員のモチベーションを上げるのは非常に難しい。知識や専門技能だけではなく、行動や考え方、時には顧客や社員の前で、どのように振る舞うかを学ぶ必要があります。これらは教科書から学ぶことはできず、人から学ぶしかありません。IESEというハイレベルなネットワークは非常に貴重であり、チャンスです」
結び
世界各国からの多様な人材が集まるIESE。「人」を大切にする価値観を重視し、将来のリーダーとしての学びと成長を支える環境がある。
VUCAの時代、日本企業はいかに従来の経営方法から脱却し、成長できるのか?今こそ、グローバルな視野で企業を変革に導くリーダーの育成とマネジメントが求められている。
取材・文責:H&K グローバル・コネクションズ