*前編もご覧ください。
AI時代だからこそ増す経営者の責任
フランツ・ホイカンプ氏も、理にかなった分析と推測をしてくれるAIは有用な経営ツールであると考えている。経営には世界中の政治・経済システムやその裏にある数知れない要因を考慮する必要があり、社会が複雑になればなるほど展望が不透明になっていくからだ。
英国のブレグジットや米国のトランプ氏の大統領選当選など、予期に反した政治的な出来事に加え、テクノロジーの目まぐるしい進化により、世の中がますます不透明になっているとホイカンプ氏は話した。企業の興隆と衰退の波も荒く、世界のトップ企業のリストは急速に更新されているという。いかに地球全域が密接に繋がっているかは、2010年のアイスランドの火山噴火による航空網麻痺でフィジー島の旅行産業が傾いたことからもわかる。
「今日のAIは意思決定の支援システムであり、ある事柄がどのくらいの確率で起こるのか、どういった影響をもたらすのかといった予測をしてくれる。そういう部分でAIは明らかに助けになる」とホイカンプ氏は話した。
AIは偏見を持たずに解決策を選び、望ましい結果に導いてくれるという点でも有用だ。
しかし、何を望ましい結果と見なすかは、人間のみが決められることだとホイカンプ氏は強調した。組織内の部署統合を行った場合、コスト削減といったポジティブな効果もあるが、失業者の出現、更には従業員の士気への影響に至るまで、さまざまな結果が起こりうる。
「実際にどんな結果が重要なのか — それをはっきりと決めるということは、自分たちがどういう組織または人間でありたいかという問題に関わってくるのです。すなわち、自分の価値観を知るということが大事です」
ホイカンプ氏は、この「価値の決定」を人間が負うべき究極の責任とみなす。
多数の人に短い文章を見せ、特定の文字がいくつ含まれているかと質問すると、回答者によってまちまちの答えが返ってくる。ホイカンプ氏はこうしたクイズを紹介し、また世界のトップ企業の売上高を会場の参加者に推定させながら、企業の知名度といった要素がいかに人の判断を左右するかも実証した。判断の拠り所となるような情報をわざと提示することによって、交渉相手の意思決定を操ることができることも、良く知られている事実だという。
人間が不得意とする情報分析や推測をAIに任せれば、人間の負担が軽くなることは間違いない。だからこそ、経営者や起業家は、人間の判断力の重みを認識する必要があるとホイカンプ氏は主張する。
「予測の面でいろいろな助けが得られるようになると、それに伴って意思決定すべきことも増える。だからこそ、さらに人間の判断力が求められるようになると、私は固く信じています」とホイカンプ氏は話した。
「また、予測にかかるコストが下がるので、その分、判断する力の経済的価値が上がっていきます。判断力を発揮できる人は責任ある任務を任せられるようになり、重要な仕事を行っていくでしょう」
AIは人間を超えるのか?
では、人間とAIの意思決定能力の違いはどこにあるのだろうか?AIには人間を超えられない限界があるのか?
ホイカンプ氏は、人間とAIを比較すること自体に異議を唱える。
「そもそも、『AIによる意思決定』というものは存在しないと主張したい」
状況によって物事の見方を変えて良いという「自由」は人間の特権であり、それが意思決定の前提となっているからだという。偏見は解決すべき問題であるが、そのためにAIに頼りすぎ、意思決定の最も重要な部分である「判断」を機械に任せてしまうのは避けたいとホイカンプ氏は語った。
福原氏も、「人間がAIに譲ってはならない領域がある」と話した。それは価値観や道徳に関わる事柄だ。自律走行の路上電車がどちらの方向に進んでも事故を起すと予測されるとしたら、5人死亡するシナリオをとるのか、それとも1人死亡する方向に路線を切り替えるのかは、操作員の道義にかかっている、と福原氏は説明した。
こうした「価値」に関わる選択を除いては、全ての面でAI化を進めるべきというのが福原氏のスタンスだ。データに基づいた意思決定をすることで、結果を評価する際にも証拠を提示できる。またAIの働きぶりと性能は、人間の能力をはるかに超えていることが多い。株の取引では、人間のトレーダーの稼ぎは、AIのトレーダーの足元にも及ばないと福原氏は話した。
議論が深まると、人間とAIの責任分担の境界線をどこに置くか、という点で、ホイカンプ氏と福原氏の対照的な考え方が浮き彫りとなった。
ホイカンプ氏は、必ずしも「AI化=改善」ではないと指摘した。
アマゾンのAI採用ツールは、人間の偏見を乗り越えられなかった。つまり、AIを使っても結果は変わらず、現状は改善されなかったというわけだ。良い組織を作るためにAIが必ずしも人間以上に貢献できるわけではないことは認識すべきだ、とホイカンプ氏は語った。
では、AIを使った採用の目的が純粋に売り上げ増加である場合はどうであろうか? 売り上げが伸びれば、たとえ採用面で性別に偏りが出たとしても、人間による意思決定よりも効果的であるという結論にならないだろうか?と福原氏は問いかけた。
ホイカンプ氏は、たとえ売り上げが伸びても、採用結果を見て「『本当にこれだけを基準として決めてよいのか?』と自問する必要はある」と話した。「それによって自分たちがどういう組織であるか、社会とどう関わり合っていくつもりなのか、を示す事になるからです」
犬猫を見分ける為に、膨大なデータを必要とするAI。それに対し、人間は僅かの経験から広がりのある推測をし、さまざまなものを識別することが出来る。
野田氏は、そんな人間が「人工知能」に惑わされてはならないという忠告を、友人でありロボット研究者として著名な大阪大学の石黒浩博士から受けたことがあると話した。
福原氏も、ロボットには少量の情報で物事を正しく推測する能力は、まだないと語った。
ホイカンプ氏は、人間による運転よりも自律走行車の方が安全である事からもわかるように、AIが人間の能力を超えているかどうかは領域にもよると指摘した。問題は、AIの能力が誇張されがちだということだ。
「人間は新しいものにすぐに夢中になってしまう傾向にある」と、ホイカンプ氏は述べた。
取材・文責:H&K グローバル・コネクションズ
*後編に続きます。
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