詳細レポート「より持続可能な社会を築くためにビジネスリーダー教育が果たすべき役割」前編

 

今や爆発的な発展を見せるデジタル技術により、数多くのビジネスチャンスが生み出されている一方、地球環境や人権といった社会的な問題が深刻化している。グローバル企業にとって、そういった課題を解決するためのSDGs(持続可能な開発目標)推進やESG(環境・社会・ガバナンス)投資に対する取り組みの重要度は増す一方だ。

2023年1月12日、IESEは大学院大学至善館とともに、「Role of Business Education in Building More Sustainable Society(より持続可能な社会を築くためにビジネス教育が果たすべき役割)」と題したフォーラムを虎ノ門ヒルズ(東京都港区)で開催し、IESE関係者を中心に、世界にまたがって活躍する4名のプロフェッショナルが登壇した。

本レポートの前編では、サステナビリティの意義や、今後目指すべき企業やビジネススクールでの教育の在り方などを巡って、IESE学長のフランツ・ホイカンプ氏、および至善館理事長兼学長の野田智義氏が語った第一部セッションのダイジェストをご紹介する。レポートは全3回シリーズ。

 


IESEが目指す実践教育:なぜビジネスは「サステナビリティ」を重視すべきなのか?

 

IESEビジネススクールでは、今や世界規模で喫緊の課題となっているサステナビリティ(持続可能性)に注力し、カリキュラムの一部に取り入れている。その背景には、20世紀後半以降、世界各国で経済成長が加速的に進んだものの、経済的価値の追求だけでは限界に直面してきた経験があることにほかならない。

目まぐるしく社会が移り変わっていく中で、サステナビリティを再定義しながら今後のビジネスを展開していくことは、IESE・至善館の同窓生や受験生、関係者にとっても関心のあるテーマだろう。世界に通用するリーダーの育成を担うIESEが目指しているのは、それぞれの国や地域にとどまらず、グローバルスケールで、持続可能な次世代の社会構築に貢献できる実践的な教育だ。

 


サステナビリティの3つの定義:われわれは歴史から何を学べるのか -フランツ・ホイカンプ学長の基調講演から-

 

昨今、あちこちでサステナビリティの重要性が大きく取り上げられているが、実は決して目新しいものではない。サステナビリティという概念を通して、われわれは歴史を振り返り、教訓を得ることが重要だとホイカンプ学長は指摘し、以下のように述べた。

サステナビリティには、歴史的な概念も含めて、次の3つの定義がある。

1)未来世代のニーズを満たしつつ、現世代のニーズも満足させること

「環境と開発に関する世界委員会」(委員長:ブルントラント、ノルウェー首相〈当時〉)が、1987年に公表した報告書「Our Common Future(我ら共有の未来)」の中心的な考え方となっている。

2)均衡の取れた資源管理を維持すること

古代の精神的な考え方、あるいはユダヤ教・キリスト教など宗教の世界でも見られる概念。「単に所有するのではなく、保全し、継続的に資源の源泉となる恵みをもたらすこと(※1)」といえる。

※1 『旧約聖書』の「神である【主】は人を取り、エデンの園に置き、そこを耕させ、またそこを守らせた。」(「創世記」2章15節)に由来する概念

3)サステナビリティの三角形:エコロジー(環境)・経済・社会正義

20世紀後半以降、気候変動や種の絶滅などの環境問題を引き起こした産業化、および規制緩和や民営化を特徴とする経済的自由主義に対抗する、現代的な考え方として生まれた。

このように、持続可能な資源管理の考え方は古くから存在しており、とりわけ“物の管理”に関する重要な概念だったことが分かる。さらに、20世紀になって急速に広まった経済的自由主義だが、利益重視の経済成長を追求するだけでは、社会が持たないことが知られるようになった。そこで、「サステナビリティの三角形」という新しい考え方が現代に加えられた。

社会が持続可能であるためには、ビジネス活動で生まれる生産的な数字やアウトプットだけではなく、そこに関与する人々や地域社会に、何らかの影響を及ぼしていることを忘れてはならない。企業組織はさまざまなステークホルダー(利害関係者)と関わり、複雑な人間のつながりの上に成り立っていて、その存在を無視しては「サステナビリティの三角形」を維持することはできないからだ。そして現代的なマネジメント理論においても、これらの概念は欠かせなくなっている。

 


これからのリーダーに求められる3つの要素

 

サステナビリティを実現しながら、組織全体を統括する良いリーダーシップには、どのような資質が必要とされるのだろうか? ホイカンプ学長はこの問いに対し、次のような3要素を挙げている。

1)特定のビジネス分野(例えば会計・人事・財務など)での卓越した能力

2)二言のない、信頼される人間として備えた倫理観

3)リーダーとして負う、仕事に対する目的

人間的な卓越性、誠実さ、奉仕の精神といった要素が合わさって、リーダーはポジティブなインパクトを生み出せる。また、組織のチームや周りの社会のみならず、世界全体に対しても未来に向けた貢献ができるようになる。その結果、自身以外の周囲の人々、ひいては将来の世代を生きる人々の成功にも結実するだろう。

リーダーには、組織や環境を持続可能なものにしたり、循環型経済モデルを構築したり、あるいは模範的な人事プロセスを進めたりするなど、やるべきことはたくさんある。ビジネススクールは、その実践に向けた教育を行わなくてはならない。

IESEでは、マネージャーからエグゼクティブクラスの受講生まで、サステナビリティの視点を持ち、実践を通じて具体的な問題解決ができるような教育プログラムをさらに発展させたいと考えている。

 


グローバルな視野で人々の合意形成を図るには

 

最後に、ホイカンプ学長が強調するのは、バックグラウンドの異なる人々が合意形成することの重要性だ。そもそもサステナビリティの問題とは、各組織・国別といったローカルレベルで取り組むものだが、同時に、地球の気候など世界で共通している現象でもある。

例えば、北半球で生きている人と南半球で住んでいる人、経済的に豊かな人とそうではない人など、社会的な立場も違えば、始めから同じ出発点に立っているわけでもない。そういった個人や社会の間で合意に達することは困難だが、さまざまな国々、さまざまな教育環境で育った人々が協力し合い、なおさら克服しなくてはならない問題だ。

ここで学んだ多くの同窓生は、世界中の人々と知り合い、お互いの異なる意見や問題を理解しながら、未来の人間社会の繁栄のために、一つの大きなグローバルな全体像を共有しているはずだ。IESEで実践しているのは、そのために必要な国際的教育プログラムだということを強調したい。

 


地球規模で見直される企業モデル:持続可能な社会経済へのパラダイムシフト -野田学長の基調講演から-

 

2021年、ホイカンプ学長とともに「Future of Capitalism」という新しいMBAプログラムを立ち上げた野田学長。2023年1月現在では、IESEと至善館のほか、デンマーク、スイス、韓国、マレーシア、インドネシア、インド、メキシコ、ナイジェリア、ブラジルのビジネススクール全12校が参加する共同コースとして拡大している。

大量生産・消費に代表される旧来の資本主義を批判的に検証し、より公正で公平な社会を推進する企業モデルを提唱している野田学長は、本プログラムによって「グローバルなビジネス教育に一石を投じる」との野心的なビジョンを提示する。

1950年代以降、人口増加や人類の活発な活動によって、地球環境の変動が急激に加速化している現象「グレート・アクセラレーション」が深刻化して久しい。スウェーデンの環境学者ヨハン・ロックストロームが地球資源の限界に警鐘を鳴らした「プラネタリー・バウンダリー」の概念が注目を集めたことで、政策立案者や経営者の間でも、この5年間で意識の大きな変革が目立っている。

「われわれの知っている資本主義は死んだ」と宣言した米国の起業家マーク・ベニオフや、著書『ネットポジティブ』で「企業は何かを受け取ったら、それ以上を返すことで地球に貢献するべきだ」と主張した、元ユニリーバCEOでサステナビリティ分野の第一人者であるポール・ポールマンなど、枚挙にいとまがない。

1990年代まで主流だった、「株主価値を最大化する」ことが企業の役割だと考えられてきた株式至上主義に取って代わり、「まず社会を第一に据えること」が、現代の企業の在るべき姿というわけだ。なぜなら、社会は必ずしもビジネスを必要としているわけではない。株主は企業のステークホルダーの一部であり、同時に企業は社会全体の一部にすぎない、という認識である。

 


「次世代の良き先祖となるために」~私たちへの重要な問い掛け~

 

野田学長は、このような変化をビジネススクールでも教える必要がある、と強調する。実際に、『資本主義の再構築』の著書で知られるハーバード・ビジネススクールのレベッカ・ヘンダーソン教授もまた、「企業は公正で持続可能な世界を築くための中心的な役割を負っている」と説く一人だ。ビジネススクール界隈でも、「自分たちは果たして将来をより良くできる適切なリーダーを育成しているのか」と自問自答を重ね、教育者として社会の期待に応えることが求められている。

英国の哲学者ローマン・クルツナリックが『グッド・アンセスター』で問い掛けているように、われわれは「良き祖先」として、次世代に持続可能な社会のバトンを渡せるのか。既存のビジネススクールで使い慣らされたコンセプトを見直し、パラダイムを変えていくことで、経営者やリーダーたちの新しい役割と責任を探究できるだろう。その行く先で、より人道的で包摂的、そして持続可能な世界を実現することにつながるのではないか。

米国の文化人類学者マーガレット・ミードの「小さなグループであっても、思慮深い人々がコミットすれば世界を変えられる」という希望を込めた言葉で、野田学長は締めくくった。

 


結び

時代の移り変わりによって、企業の存在意義も変わり、サステナビリティを担う役割がより重要になった。ワールドワイドなビジネスを率いる企業のリーダーたちが、このことを強く意識していることをお分かりいただけただろう。

続く中編後編では、ホイカンプ・野田両学長に加えて、新浪剛史氏(サントリーホールディングス株式会社:代表取締役社長)と呉文繍氏(サンドラ・ウー氏、国際航業株式会社:代表取締役会長 兼 執行役員CEO)を迎えて行われた、パネルディスカッションのハイライトをお伝えする。

 

取材・文責:H&K グローバル・コネクションズ

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