MBAで輝く – Simplicityの物語

 

Yi Ju Chen、Patricia Royo、Hasani Brooks、Lucas Lyra、Linda Savinova、Abdel Rahman Hamed、 Giancarlo Young、Santiago Gazzoが寄稿しました。原文(英語)は、こちらをご覧ください。

 

IESE MBA Class od 2022のバンド「Simplicity」のメンバーは、MBA修了までに何十人ものMBA仲間や友人たちの前で演奏することになるとは誰も思っていませんでした。ここでは、MBAの勉強を進めながら、共通の興味を持つコミュニティを作り上げた経験について振り返ります。

 


多彩な顔ぶれ

私たちの多くが初めて会ったのは、2年目の初めでした。Giancarloが亀の池のそばでミートアップを企画し、自己紹介をしたところ、集まったメンバーの音楽のバックグラウンドや好みがいかに多様であるかがすぐにわかりました。ある者は正式な訓練を受け、ある者は独学で気軽に趣味で音楽を楽しんでいる。ポップスもあれば、ヘビーなロックもある。しかし、私たちは、何よりもまず一緒に演奏を楽しむという共通の目的で結ばれていたのです。

 


着実な始まり

私たちは、練習する曲を決めるシステムで合意し、ほぼ毎週、市内のスタジオに集まって練習しました。自分たちのサウンドが気に入ったので、歌や演奏をしたい仲間やパートナーを公募しました。Instagramなどのおかげで噂が広まり、嬉しいことに、多くの人が私たちのライブをいつ見ることができるかと尋ねてきました。ビジネスマインドを持つ私たちは、ブランディングについて考え、私たちが選んだ名前、Simplicityは、就職活動をするIESEの学生にとって馴染み深いものでしょう(この記事を読んでいるIESE以外の学生のためにお知らせすると、SymplicityはIESEの求人検索プラットフォームの名前でもあります!)。

最初のショーは、11月の寒い夜に小さなリビングルームの観客を前にした、居心地の良いアコースティックセットでした。この節目に、私たちはもっと大きなイベント、つまりきちんとした音楽会場で行う本格的なエレクトリック・コンサートを真剣に考えるようになったのです。

 


ビッグイベント

会場の確保、マーケティング、コミュニケーション、アーティスティック・ディレクション、そして…練習、練習!私たちが考えていたことを実現するには、かなりの量の計画と裏方の仕事が必要でした。

典型的なプロジェクトと同様、物事は常に計画通りに進むわけではありません。タイムラインは何度も調整され、試行錯誤が繰り返されました。最大の難関のひとつは、全員が適切な時間を確保することでした。私たちは皆、キャリア開発、学業、ソーシャル活動、家族対応などのバランスを取っており、練習やミーティングをする時間を継続的に確保するのは困難な状況でした。

結局、4月1日にライブを行うことができ、70人収容の会場を満席にすることができました。オルタナティヴ、ロック、ブルース、ブラジリアン・ポップスなど、有名な曲を含む多様なセットリストで演奏しました。

私たちのほとんどは、この規模の観客の前で演奏するのは初めてでした。お客さんが楽しんでくれて、一緒に踊ったり歌ったりしてくれているのを見るのは、本当に嬉しいです。更に良かったのは、クラスメートが私たちを見て、違った角度から私たちに共感してくれたことです。

私たちは、この夜のことを忘れることはないでしょう。本当に衝撃的でした。

この記事を書いている時点では、私たちは卒業したばかりで、式の翌日には最後のクラスイベントでも演奏しました。

IESEでは、多様なスキルや興味を持った幅広いコミュニティがあり、十分な組織力、エネルギー、コミットメントがあれば、素晴らしいことが実現できることを発見し、とても嬉しく思っています。

 


振り返り

1. 今までで一番楽しかった

毎週のセッションで、私たちは久しぶりに多くの練習をしました。特にMBAの間は、定期的に私たちの創造的な側面を働かせる方法があったのは素晴らしいことでした。しかも、それを観客の前で披露するのは、本当にスリリングです。MBAのコミュニティは、生演奏をとても歓迎してくれました。ライブミュージックは、私たちが経験したことのない喜びの源でした。

2. 献身的な努力が必要

コンサートは大変な仕事です。グループとしての練習やリハーサルが必要で、多忙なスケジュールの合間を縫って行うことになります。そのため、関係者全員が、あるレベルの献身とコミットメント(健全な柔軟性)を必要とするのです。

3. 楽しむことが大切

私たちは、自分たちが楽しむことを目標にスタートし、何か不足を感じたときには、その理由を検討し、必要に応じて調整しました。今思えば、この精神があったからこそ、最後までプロジェクトをやり遂げることができたのだと思います。