詳細レポート「より持続可能な社会を築くためにビジネスリーダー教育が果たすべき役割」中編

 

前編では、フランツ・ホイカンプと野田智義両学長による基調講演のダイジェストをお送りした。中編では、本フォーラムの第二部として活発に意見が交わされたパネルディスカッション(前半)のハイライトをお伝えする。

ゲストスピーカーには、IESEのインターナショナル・アドバイザリー・ボードのメンバーであり、サントリーホールディングス株式会社の代表取締役社長を務める新浪剛史氏、そして、大学院大学至善館の理事および国連グローバル・コンパクト・ボード(※1)のボード・メンバーであり、国際航業株式会社の代表取締役会長 兼 執行役員CEOの呉文繍氏(サンドラ・ウー氏)の2名が新たに加わった。

両名とも、世界経済の第一線で活躍するビジネスパーソンを排出してきたハーバード・ビジネススクール(以下、HBS)のMBAホルダーという共通項がある。自身が過去に得た知見を踏まえ、サステナビリティを巡って両学長と意識を共有するほか、ビジネスリーダーとして独自の見解を展開した。

※1 国連グローバル・コンパクト:1999年にコフィー・アナン国連事務総長(当時)が企業に対して提唱したイニシアチブのこと。企業が「人権・労働権・環境・腐敗防止に関する10原則」を順守し、実践することを要請している。

 


ビジネスの現場でサステナビリティをどう生かせるのか? -ハーバードが生んだアジア人経営者たちの視点から-

 

二人の学長が提言したビジネス教育におけるサステナビリティの重要性という観点を受けて、まず呉氏は自身が過去に学んだHBS流の資本主義教育について振り返り、今はその当時の時流から大きく変わりつつあると語った。

HBSでの伝統的なビジネス教育では、「株主に最大の利益を生み出す」ことに重点が置かれていた。当然ながら、ビジネスでサステナビリティを意識することもほとんどなかった。今回、呉氏は二人の講演に触れて、とりわけホイカンプ学長が明示した〈リーダーシップの3要素〉に大変感銘を受け、「ビジネススクールの新しい時代が始まった」ことに啓蒙されたと話す。

新浪氏もまた、ビジネスにおけるサステナビリティの重要性について他のスピーカーに共感を寄せる一方、同時に経営者としては数字に表れる実績も決して無視できないと述べた。

約30年にわたりCEOを務めてきた新浪氏は、経営者は、さまざまな立場のステークホルダーから理解を得るためには、やはり業績で示すことが欠かせないと言う。サステナビリティ経営を進めるためには、その活動原資を創出するための収益力を高めることが必要となるからだ。

 


サステナビリティを意識した欧州のビジネススクールや国連の取り組み事例

 

呉氏も新浪氏も、HBS修了後に日本・アジアを拠点として活動してきたビジネスリーダーだが、一方でヨーロッパではどうなのだろうか? ホイカンプ学長によれば、現代のヨーロッパにおいては日本と同様、米国よりも既存の資本主義モデルが徐々に減衰しつつあるという。言い換えれば、社会課題を解決するためにビジネスが果たすべき役割がある、との新たな共通の認識が生まれている。

特に、サステナビリティのように重要で複雑な問題に関しては、経営者に対してツールを与えて理解を得る必要がある。そこで一例として、2021年に英国・グラスゴーで開かれたCOP26(国連気候変動枠組条約第26回締約国会議)でも議論の的となったサステナビリティについて、欧州各国のビジネススクールが協力してコンソーシアム(共同事業体)を結成したことを紹介した。

続いて、企業のCEOとは別に、国連グローバル・コンパクト・ボード・メンバーという一面も持つ呉氏が、2022年9月に行われたニューヨークでの会合に関する質問を受けて報告。そこで交わされたディスカッションの内容は、次のようなものだった。

  • 国連グローバル・コンパクトには、現在約2万1,000もの組織が署名し、積極的に持続可能な経営が実施されている
  • その一方で、企業には十分に訓練された人材が不足しており、また意思決定におけるツールも不足しているため、もっと啓蒙しなくてはならないという問題意識がある
  • そこで国連グローバル・コンパクトでは、ビジネススクールや大学に働き掛け、マネジメント教育の変革を促している

このように、国連レベルでも将来の責任ある意思決定者を育成するための活動が続けられており、すでに約860のビジネススクールおよび大学が賛同している、と呉氏は伝えた。

 


次世代の企業とビジネスリーダーに求められる経営哲学は何か?

 

昨今、世界各地で頻発する戦争やインフレによって、企業を取り巻く景観も激変し、向かい風に直面している。利益を上げるためにはより苦戦を強いられ、多くの企業が破綻したり、米系テクノロジー企業の一例もあるように、大量の人員整理を余儀なくされたりする可能性もなきにしもあらずだ。誰もが痛みを抱えている中、これからのビジネスリーダーにはどのような経営哲学が必要なのだろうか?

「実務的なスキルと同等、あるいはそれ以上に重要なのは、適切なリーダーシップのマインドセットを持つこと」と、呉氏は持論を述べる。サステナビリティの推進も「良い行動」が原動力となっているように、倫理観によって正しい判断ができるようになるはずだ。だからこそ、意思決定のガイダンスとして、リーダーに相応しい資質や道徳心が大切にされるべきだという。

次いで新浪氏は、今後何十年先も見据えて企業が永続的に成長し続けていくために必要な知識やスキル、経営哲学について語った。「現代は、もう過去と同じことはできない。自然資本をどのように管理し、次世代のために何をすべきか? 企業の地域や社会に対する責任が厳しく問われるだろう」。

さらに、新浪氏は続けて提言する。上記の対応策として、ヨーロッパ諸国が気候変動や生物多様性など世界共通の課題へ積極的に取り組む一方、アジアでは依然として、サステナビリティよりも経済発展が優先されているのが現実だ。先進諸国によって生み出されたこれら地球規模の危機に対し、日本企業や日本発のグローバル企業が今後取り組むべきことは、ネットポジティブ(全ての利害関係者のために幸福度を高めるビジネス)という観点から、アジアの国々をサポートして貢献することではないか。

 


既存の価値を問い直して課題解決に貢献できるビジネス教育を

 

本フォーラムではサステナビリティがテーマとなっているが、当然ながらサステナビリティが唯一の問題ではないことも念頭に置くべきだ。飢餓や孤独など、喫緊の深刻な問題もある――この点を指摘したのが野田学長だ。「利益は酸素であり、われわれは酸素なしに生活することはできない。だからといって、息をすることが目的で生きているわけではないだろう。利益にも同じことが言えて、企業はサステナビリティに対応するにあたり、高い目標を掲げる必要がある」。

では、サステナビリティの課題解決のために不可欠なものは何だろうか。野田学長の提言を、以下にまとめてみよう。

  • クリエイティビティ(創造力)や知恵の活用
  • オペレーション、バリューチェーン、サプライチェーンなどの見直し
  • よりコスト効率や生産性の高い、新しい手段の発明

ビジネス教育では、こういった高い目標を掲げる人々を奨励し、スキルを提供していくことが望ましい。その中には、呉氏が主張するように、適切なマインドセットやアスピレーション(大志)、自発的責任などの啓発、あるいは従業員や株主とのコミュニケーション方法も含まれる。

「そもそも、価値とは何なのか? 例えばビジネスにおいては株主価値があるが、これまでビジネス教育では、価値そのものについて取り上げてこなかった」。その反省の下に、価値を決定する基準はいったい何なのか、そして価値を生み出すためにはどのようなスキルや枠組み、考え方が必要なのかを再考し、ビジネススクールのプログラムを見直していくことが不可欠だと、野田学長は締めくくった。

 


結び

「今後のビジネス教育にとって必要なこと」を巡り、教育者と経営者という異なる立場から、現在進行形のさまざまな興味深い取り組みや意見が交わされた本フォーラム。サステナビリティの重要性が再確認されただけではなく、いかにしてそれを実現できるかを各スピーカーが示唆することで、聞き手にも具体的な学びにつながったのではないだろうか。

続く後編では、ホイカンプ・野田両学長と新浪氏、呉氏によるパネルディスカッションの後半に行われた、聴講者との質疑応答を中心にお伝えする。

 

 

取材・文責:H&K グローバル・コネクションズ