サステナビリティとウェルビーイングを重視する現代、どのように企業価値を再定義するかを考える本フォーラム。全3回シリーズの前編では、「経営者やリーダーの役割を再定義するビジネススクール像」について、中編では「サステナビリティ経営において企業が直面する課題」をテーマに、富士ゼロックスやトヨタ自動車の事例を紹介した。
最終回の後編では、「複雑性の時代に突入した、企業による統合価値創造経営」と題して野田智義至善館学長が行った講義のダイジェストをお伝えする。
株主資本主義から「思慮深い資本主義」への回帰:野田智義学長の講演から
経営学は、学問として確立されてから100〜150年ほどで、その歴史は比較的短い。基本的に「価値」といえば「財務価値」を指し、1980年代に経済学者のミルトン・フリードマンが株主至上主義を、そしてマイケル・ジェンセンが代理人理論を提言して以来、「価値=株主価値」と考えられてきた。しかし現在は、ビジネスに関わるステークホルダーが多様化し、株主、従業員、顧客だけではなく、国と地域、地球環境へとその視点を広げる必要性が生じている。
「我々は人類史上、重要な変革期を迎えている」と開口一番に語り始めた野田学長。90年代から続いた約30年を“よくも悪くもシンプルな世界”と呼び、その間の経営者や教育者は「株主至上主義を提唱していればよかった」と振り返る。
しかし同時に、多くの社会課題・環境課題も噴出。企業は「価値創造を再定義する」という新たな挑戦を突き付けられた。「これまでの株主至上主義という単純な概念に慣れ親しんできたあまり、経営者と教育者は共に大きな課題に直面している」と、野田学長は問題提起した。
一方、2020年のダボス会議を境に、ステークホルダー資本主義への世界的回帰が顕著になった。その一例として、ホールフーズ・マーケットの創業者ジョン・マッキーが提言した「コンシャス・キャピタリズム(Conscious Capitalism;思慮深い資本主義)」の考え方が広まるほか、ベスト・バイ元CEOのユベール・ジョリーが「パーパスと人間中心の経営」を提唱。
野田学長は「株主主義への揺り戻しを経験した今、結束力のある持続可能な世界のために、改めて人間中心の経営や、目的主導型の人間中心の経営に戻ろうとしている」と述べた。
今、求められる「3つの価値創造」
野田学長によると、「価値創造」と「価値の再定義」の文脈では、以下の3つの価値創造の統合が必要だという。
- 顧客への価値
企業の理念やパーパスに沿った、社会起点(社会的ニーズ)からの顧客への価値創造を指す
- 従業員/取引先への価値
企業は、従業員や取引先の貢献なしには成り立たない。彼らにフェアなリータンと、自己実現・成長の機会を提供する
- 地球への価値
負の外部性と向き合いながら、コミュニティー・社会・地球のインフラを維持し拡充することに貢献する
特に3点目は、誰にとっても最大の課題だと指摘。そして「これら3つの価値創造の関係をどう理解すればいいのか?」と聴衆へ問い掛けた。
野田学長の見解をまとめると、次のようになる。株主価値とは結果(Outcome)だ。もちろん、株主価値にも取り組む必要があった。なぜなら株主は、重要な金融資本の出資者だからだ。そして今、 経営者や取締役は、自社がどのような価値を創造しているのか、また価値創造のさまざまな側面がどのような関係にあるのかを理解する必要がある。これは、バランススコアカードの考え方と一致している。
一方で研究者は、経営者に向けて価値創造を定義する指針となるような、何らかのフレームワークを開発する必要があるという。そこで登場するのが「統合価値創造経営」だ。
未来のリーダーに期待される「統合価値創造経営」とは?
「企業が株主の利益のためだけに存在するのではないとしたら、企業による価値創造はどのように定義すべきなのか?」――この問いに答える鍵となるのが統合価値創造経営だと、野田学長は提案する。これは、資本市場や開示基準の要求の如何に関わらず、経営者が統合された包括的な視点を持って取り組むというものだ。
当然ながら経営者は、資本市場や情報開示基準といった“外部からの要求”を無視できない。しかし同時に、経営者自身が「何のための会社なのか、会社による価値創造とは何なのか」を定義しなければならない。つまり、企業による価値創造とは何かを、企業自らが定義する必要があるという。
さらに野田学長が概説した、いくつかの経営理論やモデルを見てみよう。ジョン・エルキントンが提唱した「トリプルボトムライン」とは、経済・社会・環境の3つの側面から、財務諸表の最終行(ボトムライン)が利益と損失の最終結果を示すように報告されるべきというもの。この考えが、GRI(Global Reporting Initiative)創設や、CSRレポート、サステナビリティレポートのリリースにつながった。
このGRIがイニシアチブを取って作成したのが「統合報告書」だ。さらに、統合報告書の作成時に用いられるのが、蛸の形を連想させる「オクトパスモデル」である。オクトパスモデルでは、企業が事業活動を行うために多くのインプットを使用し、結果を出して、社会や環境に影響を与えることを示す。
環境経済学者のパヴァン・スクデフは、自著『「企業2020」の世界 未来をつくるリーダーシップ』の中で、次のように説いている。企業が行う事業活動は「資本の工場」であり、金融資本だけではなく、人的資本も生み出す。そして、それらの事業活動とともに人が成長し、従業員や取引先もまた成長する。
野田学長は、これを受けて「企業による価値創造を定義するなら、価値創造は社会的ニーズに基づく“顧客への価値”から始まり、企業の使命と目的に沿った価値を創造することと言えるだろう」と述べた。
「人・地球・利益」のバランスが取れたサステナビリティ経営:仏ミシュラン社の事例
講演を終えるにあたり、野田学長は、仏のミシュラン社による取り組み事例を動画で紹介した。CEOのフロラン・メネゴーは「すべてを持続可能に」というビジョンをコンセプトに、2030年までの戦略を発表。「人・地球・利益」を3つの柱として、持続可能な社会を実現すると宣言している。
ミシュランにとっての重要な指標とは、利益、個人、人々のために、どのように価値を創造するかというコミットメントだ。資本市場とコミュニケーションを取りながら、ミシュランはいかに価値を創造し、定義していくのか。その背後にある彼らの論理と経営陣の考えを、動画の中に見ることができる。
野田学長はミシュランの姿勢を高く評価し、こう語った。「サステナビリティには環境への配慮にとどまらず、利益を出し増やしながら、人々を魅了し、環境にも配慮するというバランスの取れた視点が重要だ」。
結び
気候変動、生物多様性、経済格差、テクノロジー・ガバナンス――地球で暮らす人類共通の課題に対して、企業に求められる役割と責任も大きく変わりつつある、昨今の世界。
企業が市場から求められるのではなく、財務・経済価値に加えて、自らの価値を積極的に再定義し、組織として実践していくためには、どのような考え方が必要なのか? そうした議論が世界的にもまだ不十分な中、本フォーラムでは、その問いをパネリストと共により深めることができたのではないだろうか。
混沌とした時代に企業の舵取りを担うビジネスリーダーたちにとって、「学び」の重要性はさらに増している。加賀谷順一 IESEマネジング・ディレクターが本会の冒頭で述べたように、「教育こそが、進歩、持続可能な社会、ひいては人類の繁栄の中心的な手段である」というのがIESEの信条だ。
IESEは、こうしたフォーラムを開催することで、企業と社会がグローバルに相互に関係し合う課題や機会に対応できるビジネススキルや、新しい時代に沿った経営のヒントを、参加者につかんでほしいと願っている。
取材・文責:H&K グローバル・コネクションズ
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