◆登壇者
株式会社JERA
代表取締役会長 Globa CEO
可児行夫(かに・ゆきお)
IESE Business School学長
フランツ・ホイカンプ(Franz Heukamp)
グローバル化やサステナビリティへの対応、急速なAIの普及など、変化の目まぐるしい環境下で、革新的なビジネスモデルや変革を牽引するリーダーシップ教育へのニーズが高まっている。
「人間主義的リーダーシップ」を重視し、フルタイムMBAやエグゼクティブ教育を通じて、優れた人格を兼ね備えたグローバルなビジネスリーダーの育成に定評があるIESE。1958年の創立以来、巣立った卒業生は6万人に達し、今年のフルタイムMBA学生数は2学年で過去最大の840人を誇る。そして新たなるロードマップの指針として、「AI時代の人間主義的リーダーシップ」を掲げている。
毎年恒例の「Alumni & Friends Event」では、グローバルに活躍するビジネスリーダーを招待し、対話を通じて人々がつながり、知見を交換できる機会を提供している。毎回ゲストには、「人間主義的リーダーシップ」を掲げるIESEが、その実践者としてふさわしい人物を迎えている。
今回は2026年1月15日、東京・虎ノ門ヒルズでの開催に際し、株式会社JERA(ジェラ)代表取締役会長Global CEO の可児行夫(かに・ゆきお)氏をゲストスピーカーに迎えた。同社は、東京電力と中部電力のジョイントベンチャー企業として、2019年に創設。今や国内火力発電の約半分を担う日本最大手のエネルギー会社だ。
AIとエネルギー転換が交差する時代において、リーダーはいかに危機を変革の契機へと昇華させるのか?
本イベントでは、その本質的な問いが出発点として据えられた。東日本大震災という前例なき危機の直後にJERAを創設し、伝統的な電力会社の文化をグローバル企業へと変貌させてきた可児氏の軌跡は、まさにその問いに対する一つの実践例である。
IESEが重視するのは、単なる成功事例の共有ではない。複雑な経営環境の中で、リーダーがどのような前提に立ち、何を拠り所に意思決定を行っているのかを掘り下げることである。
脱炭素、地政学リスク、経済合理性が複雑に絡み合う最前線で、リーダーはいかに意思決定を行い、組織を導くのか? その問いを軸に対話が展開された。
モデレーターを務めたフランツ・ホイカンプ学長の問題意識も明確だった。リーダーは何を拠り所に意思決定し、人々を鼓舞しながら、グローバルでフラットな組織を築いていくのか? 可児氏の挑戦を手掛かりに、組織変革のリーダーシップの本質に迫るべく、多角的な問いが投げ掛けられ、対話が深められていった。
「全ては東日本大震災から始まった」 ~JERA創設までの軌跡~
東京電力でキャリアを積んだ可児氏は、30年以上にわたりエネルギー分野での経験を持つエキスパートだ。米国コロンビア大学でMBAを取得。東京電力のグローバル化を牽引し、海外でのパートナーシップ強化や、多様でオープンな組織文化の醸成に尽力してきた。JERA発足後は、LNG(液化天然ガス)のバリューチェーン構築や、再生可能エネルギー、水素、アンモニアを含むエネルギーなど、脱炭素社会の実現にも取り組んでいる。
JERA発足のきっかけは、2011年3月。この月、日本のエネルギー業界に激震が走る。東日本大震災だ。マグニチュード9.0の大地震後に起きた津波の浸水により、福島第一原子力発電所で炉心溶融や水素爆発が発生するという過去最悪の事故となった。
「当時の東京電力は、実質的に破綻していました」と、可児氏は振り返る。
同年12月末、40代半ばだった可児氏はJERA創設の構想を練り上げ、20~30代の若いマネージャー数名と共にチームを結成。彼はその提案書を携え、勝俣会長(当時)の部屋に単独で乗り込み、直談判した。会長の賛同は得られたものの、経営陣からは猛反対に遭う。
それでも可児氏は諦めなかった。
「あのままでは十中八九、東京はブラックアウト(大規模停電)に直面していただろうと思います。なぜなら当時の東京電力は、原子力発電の代替設備を建設する資金を借りることなど、到底不可能だったからです」
JERAが支持された理由とは?
可児氏による、JERA創設案の内容は次のようなものだった。
「私たちは、火力発電と燃料事業を切り離し、五分五分の合弁会社(JV)として健全な会社を立ち上げることを提案しました。そうすることで資金を借り、新しい設備やLNG(液化天然ガス)を買えるようになるからです」
最初の提案からJERA創設に至るまで、約4年を要した。根強い反対の中にあっても、次第に支持者が増え、2015年、ついに東京電力と中部電力が合弁契約を締結。契約にあたり、両社は「日本初の世界的なエネルギー企業を設立する」と約束した。
発足後、7基の巨大な火力発電所を建設し、東京電力と中部電力のLNG引き取り量を統合した。その結果、JERAは世界最大手のLNGバイヤーへと急成長を遂げる。ここ数年、ロシア・ウクライナ戦争などが引き金となり、各国がエネルギーリスクに直面する中、同社では安定的なLNG購入が可能になっているという。
未曾有の危機を乗り越え、JERAが掲げる革新的なアイデアが徐々に支持を得た理由は、いったい何だったのか。それはJERAが「世界をより良い場所にできる」という、社会的意義にほかならなかった。
可児氏が重視する、リーダーシップの3原則と企業文化の変革
こうした可児氏の考え方は、IESEが掲げるリーダーシップとも重なる。
リーダーは単に成果を上げる存在ではなく、組織や社会に対して意味ある方向性を示し、人々を巻き込みながら変革を実現する存在である。
歴史のある日本の大手電力会社から、グローバルな視点でイノベーションを起こし、新たな事業を軌道に乗せた可児氏。彼が組織を主導する上で常に意識してきたのは、次の3原則だという。
(1)明確なビジョンと、そこへ到達するためのワクワクするストーリー
(2)信頼できるチームの構築
(3)自社の挑戦が「世界をより良い場所にできるのか」という問い
これらは、さまざまな新規事業やプロジェクトを成功させる際の要点ともなっている。
さらに同氏が注力しているのは、企業文化の変革だ。
「JERA設立の契約書では、『両社の因習的な考え方や企業文化、商慣習をJERAに持ち込んではならない』と明記されました。なぜならJERAはグローバル事業であり、それこそが私が本当にやりたかったことだからです。つまり“男性中心の年功序列文化”から、“多様な人々がオープンに働ける文化”へと変革させたかったのです」
可児氏の考える“グローバル”とは、単なる国籍や言語の壁を越えることにとどまらない。このオープンな文化の実現は今も道半ばだが、創設時から継続して取り組んでいる課題でもある。「グローバルと文化の変革は、まずトップから始めなければなりません」と、可児氏は決然と語る。
明確なビジョンが人を惹きつけ、戦略を生む
可児氏にとって、明確なビジョンなしに戦略は生まれないという。
「企業パーパス(ミッション)とは、現在形で語られる日々の行動や、意思決定の指針です。そのパーパスを遂行し続ければ、10年後、ある地点に到達する――それがビジョンです。
ビジョン(To-be)が明確であれば、現状(As-is)とのギャップが見え、そこから戦略が生まれます。さらに戦略は、投資判断(FID)へと落とし込まれ、そのために透明性の高いルールが必要となるのです」
優れた人材を企業に惹きつけ、挑戦に向かってもらうにはどうすればいいか? 「それには、高みを目指す明確なビジョンを示し続けることが不可欠です。手段は柔軟に変えてもいいですが、目的地だけは変えてはなりません」と、可児氏は強調する。
信頼できるチームの重要性:成功の鍵は「パーパスと文化」
ホイカンプ学長は、JERAが2035年に向けた成長戦略の中で、パートナーシップを明確に位置付けている点に注目。それを踏まえて「巨大プロジェクトを率いるためには、どのようなリーダーシップが必要か」と、可児氏に問い掛けた。
「ビジョン達成を成功させる鍵は、有能で信頼できるパートナーとチームを組むこと。そして重要なのは、“自分がパートナーを選ぶ”という発想ではなく、“自分が相手に選ばれる存在になる”という意識です。
コラボレーションこそが、『危険な冒険』を続けるための鍵となります。未知の暗いジャングルに分け入っていくとき、一人で行きたいと思いますか? 『ジャングルを抜けた先に、緑豊かな草原がある』と信じるのがビジョンです。JERAの場合、LNGにせよ、洋上風力のような再生可能エネルギーにせよ、水素にせよ、プロジェクト一つ一つが非常に巨大なもの。ですから、世界中のプレイヤーと信頼できるチームを組んで投資を行う必要があるのです」
さらに可児氏は「パーパスと文化こそが、コラボレーションを実現する鍵」だと力を込める。
「JERAという船に相手が乗り込むかどうか迷っているとき、まず確認するのは船の目的地でしょう? それがパーパスであり、そこへ到達するまでのストーリーが大切なのです。そこで両社が合致すれば、パートナーや有能な人材が来てくれます。
そしてもう一つ大事なのは、文化。いったん乗船したら、何年も同じ場所で一緒に働かなくてはなりません。もしその船が男性中心の垂直型文化だったら、参加するでしょうか? ですから文化が重要――しかも、多様な水平型文化こそが不可欠なのです」
エネルギー問題解決で、社会に貢献する
脱炭素やグリーン投資を巡る市場環境が厳しさを増す中、ホイカンプ学長は「企業パーパスと利益追求のジレンマ」という、重要な問いを投げ掛けた。それに対する可児氏の見解は、以下の通りだ。
「私たちは、2019年に次のようなミッションを発表しました。それは『世界のエネルギー問題に、最先端のソリューションを提供する』というもの。気候変動におけるCO₂削減など、社会にとってサステナビリティは非常に重要です。しかしロシア・ウクライナ戦争を経て、人々は経済性とエネルギー供給の安定性も、同様に重要だと痛感しました。つまりエネルギー問題とは、サステナビリティ・経済性・安定供給を同時に達成することなのです。しかし、エネルギー業界に身を置く人間として断言します……この実現は、極めて難しい。
そこで、この難題に対して最先端のソリューションを提供するために、私たちは事業ドメインを(1)LNG、(2)水素・アンモニア、(3)再生可能エネルギーの3分野に定めました」
JERAの事業の柱となる、これらの3分野で資本配分を迅速に行う。このように“困難に直面する前に備えておくこと”の重要性を強調した。
グローバルに事業を推進:バリューチェーン改革とサプライヤーの多角化
地政学的な変化が見通せない時代だからこそ、エネルギー源の多角化が必要だ。そこで同社は、米国やオーストラリアのガス燃料やLNG液化プラントに投資するなど、LNGバリューチェーン全体への投資も進めている。さらにシンガポールでトレーディングを行い、ロンドンにも拠点を持つ。
「バリューチェーンと多角化された調達先を確保することで、需要・供給側の双方をリスク管理できるようになります。例えば、もしLNGを買い過ぎて国内のタンクが満杯になったとしても、余剰分を他国に回して売ることができる。一方で、ある調達先で大きな地政学的な問題が発生しても、世界各地にある船やトレーディングチームを活用すれば、私たちは容易に新しい調達先を見つけられる。
JERAは、世界中のあらゆる売り手や買い手とつながれる能力を持っています。下流側の電力・ガス会社から出発し、ここまで世界規模のLNGバリューチェーン全体を構築しているのは、実はJERAだけなのです」
多大な投資が必要な洋上風力の分野では、BP(ブリティッシュ・ペトロリアム)と五分五分の合弁会社を設立。こうして2025年8月、ロンドンに本社を置く「JERA NexBP」がスタートした。この新事業により、財務リスクを軽減しつつ、グリーン分野への投資が推進できるようになった。
「私の予測では、2030年代になれば、洋上風力のビジネス環境が改善するだろうと考えています。その頃にはもう私はJERAにいないかもしれませんが、次世代に引き継いで、新しい経営陣がこの事業を加速できる下地を用意しておきたいのです」
可児氏は、AI時代のエネルギー供給面でも準備を進めている。AIの普及による膨大なエネルギー消費やデータセンター需要に即応するためには、ガス火力発電が有力なエネルギー源と考えており、CO₂抑制と、供給効率を高めるさまざまな施策を進めている。
リーダーのビジョンが同志を引き寄せる
ここで、JERAのチーフ・オブ・スタッフを務める原田勇翔氏がマイクを握った。
「私はちょうど2011年3月に、東京電力に入社しました。若くてグローバルに働きたい人間が、年功序列文化が根強い国内の電力会社に入るのは、一見矛盾しているかもしれません。でも、やはりエネルギーに関わる仕事がしたかったんです。入社後、すぐに可児さんと話す機会があり、新しいJERAのコンセプトを語ってくれました。社名さえ決まっていない頃でしたが、『必ずグローバルな会社にする』と約束してくれたのです。
私はそのビジョンに共鳴し、『そのストーリーの一部になりたい』と思いました。当時、JERAがまだグローバル企業ではなかったからこそ、ワクワクしたんです。課題は山積みでも、解決していくプロセスを楽しんでいる。それこそがJERAで働いている理由ですし、可児さんと同じミッションを共有できているからにほかなりません」
終わりに
質疑応答で、参加者から「モチベーションをどう保っているのか」と尋ねられた可児氏は、次のように答えた。
「私は30年間、日本発のエネルギー企業をつくることを、ずっと夢見ていました。これまで日本には“真のエネルギー企業”が存在しなかっただけに、どうしてもエネルギービジネスをやりたかった。国内の電力・ガス会社は、確かに男性中心の垂直型文化の会社ですが、エネルギー業界としては“ど真ん中”に位置します。そこをレバレッジとして使えば、上流事業へと拡大し、世界に通用する本物のエネルギー企業になれるはず。
このような私のビジョンとストーリーの下に集まってくれた、優秀なJERAのメンバーに恵まれたことは、まさに幸運というほかありません」
個人の夢と、企業のビジョンが結び付けば、想像を超えた奇跡が起きる――。事業の成功にとどまらない、真の変革のストーリーに多くの人々が共鳴し、より良い社会へと向かっていく。可児氏の挑戦ストーリーに、これからも注目していきたい。
本イベントは、IESEが掲げるリーダーシップ像が、経営の現場でどのように体現されているかを示す機会となった。可児氏の実践から浮かび上がったのは、複雑な時代においてリーダーが向き合うべき本質的な問いだ。理論と実践をつなぐ対話こそが、IESEが提供する価値である。次世代のグローバルリーダー育成に貢献するために、IESEは、これからも対話を重ねていく。
取材・文責:H&K グローバル・コネクションズ












